標高2365メートルの大弛(おおだるみ)峠へアタックしてきた。山梨と長野の県境にあり、車で行ける峠では日本最高標高を誇る、サイクリストなら一度は上ってみたい峠のひとつだ。
ちなみに車道の最高地点は乗鞍岳・畳平(長野と岐阜の県境)で2716メートル。国道では標高2172メートルの渋峠(国道292号、群馬と長野の県境)が最高峰で、2番目は2127メートルの麦草峠(国道299号、長野)。このうち畳平はヒルクライムレースの「全日本マウンテンサイクリングin乗鞍」に13年前に参加して制覇。麦草峠はブルベ(長距離耐久サイクリング)で茅野と八千穂の両方向から上ったことがある。
大弛峠を目指すのは今回が2度目。48歳だった15年前の07年10月下旬、台風一過の秋晴れの日に初挑戦。紅葉を楽しみながら上っていったのだが、標高2000メートル近くの残り5キロ付近で積雪のため登坂を断念せざるを得なかったという悔しい思い出がある。それ以来の挑戦だ。
天気予報を確認しながら、下界では気温が30度近くまで上がり好天が予想される10月4日に決行することにした。電車輪行ならJR中央線の塩山駅が最寄り駅だが、この日は車輪行だったので「道の駅 花かげの郷まきおか」にデポし、そこからのスタート。距離でいうと、塩山駅スタートよりは6キロほど短い。
道の駅から大弛峠までは約30キロ。フルーツラインまでほんの少し下った後はクリスタルライン~川上牧丘林道を29キロほどを延々と上り続ける。平均勾配は6・5%。時速10キロで走ったとしても3時間。もちろん63歳のヘタレ脚ではそんなスピードは出せないので軽く4時間は超えるだろう。ここまでの移動や準備、そして帰りの時間などを考えると、たった30キロ(往復60キロ)走るだけなのに半日どころか1日仕事である。それでも「日本最高標高の車道峠」という魅力的な言葉の響きにはかなわない。ぜーはー言いながら上ってみたいのだ。
フルーツラインに出て少しのぼり、琴川を越えた先の中牧神社の前を右折してクリスタルラインに入る。あとは大弛峠までは一本道。何も考えずひたすら真っ直ぐ進めばいい。
風はひんやりとするが抜けるような青空の下、心地良い日差しを浴びてぶどう畑の間をほぼまっすぐ山に向かって伸びる道を上っていく。勾配は10%前後。まだ序盤の住宅街だというのに意外ときつい。これが4キロ弱続く。
やがて道が右にカーブし、左手にクリスタルラインの案内板と滝が現れ琴川を再び渡る。ここからが本格的な山道。勾配は序盤よりは落ち着き、7~8%前後で推移するようになる。時速10キロは出ないが、7~8キロで淡々と上っていける区間だ。
しばらくすると「琴川ダムまであと8・5キロ」の標識。琴川ダムは道の駅からは15キロ地点で、ほぼ中間となる。大弛峠までの30キロには補給個所がなく飲料や補給食は持って行くしかないのだが、この区間で唯一の自販機が琴川ダムの先の金峰山荘近くにある。トイレはダム近くの管理棟と金峰山荘前、そしてピークの大弛峠にあるだけで道中にはなく、事前の心構えが必要。今回はダブルボトルで臨み、それほど暑くもなかったので余裕だったし、補給食も朝食をしっかり食べてきたのでエナジーバー2本で十分だった。
ところで「琴川ダムまであと○キロ」表示はこの後も続くのだが、「あと6・6キロ」を通過時に「が」と大きく書いてあることに気がついた。「が」ってなんやねん? 不思議に思いながら次の表示を確認する。「あと5・0キロ」では「わ」。そして「あと4・0キロ」で「ダ」とくれば…次は「ム」か! ピンポ~ン。「あと2・0キロ」でその通り表示されていた。さて「あと1・0キロ」で何が出てくるかと期待したが、最後は小さな距離表示だけでそっけないものだった。(写真では「と」がありませんが、動画では偶然撮れていましたのでご覧下さい)
あと4・0キロの「ダ」を過ぎたところで周囲が開け、左手に富士山が現れた。だが、手前の送電線の鉄塔と重なり、あ~残念賞。これ以降、ピークまで富士山が見える場所はなかった。
ずっと上っていた道がいきなり下り始め、左手に湖が広がる。琴川ダムによってできた人工湖の乙女湖だ。そして下り切ったところが琴川ダム湖岸広場。ダムはここから湖岸沿いの道を300メートルほど行った先で、トイレのある管理棟もそこにある。ここの標高は1450メートルほどで、現在国内に建設されている多目的ダムの中では最も高い標高に位置するという。周囲を山に抱かれ、静かにたたずむエメラルドグリーンの湖面。癒されますなぁ。
中間点の琴川ダムの先で道は分かれる。焼山峠や乙女高原へ向かうクリスタルラインは左折。大弛峠は直進だ。残りは15キロで、約900メートルの上りが待っている。箱根湯本駅から大涌谷へ上るのと同じような距離と標高だが、この日は「30キロを上る」と覚悟しているので気持ちに変化はない。それにブルベと違って時間的な制約もないので、逆に気は楽だ。のんびりでもペダルを回し続けていれば、いずれはたどり着く。
金峰山荘の前を過ぎ、ススキに囲まれた勾配のきつい直線を上りきると、川上牧丘林道の柳平ゲート。そして「大弛峠まであと14キロ」の道標。ようやく「大弛峠」が見えてきたぞ! まだまだ先は長いけどね。
林道に入ってしばらくはきつい上りが続くが、残り12キロぐらいから勾配は2~3%とガクンと落ち、緩斜面が3キロほど続く。ピークは地図上によると六本楢峠で、その先にゲートがあり林道が分岐していた。
勾配が緩くなりスピードも出て、といっても十数キロ程度だが、それでも気持ちはいい。だが、そこまで順調に上がっていた標高が遅々として進まなくなった。嬉しいが悲しい。
残り8キロを過ぎると勾配がまたきつくなり、10%近い区間も現れた。だが、10%を超えるような激坂はなく、前半と同じように6~8%で推移するようになる。これだとそれほど苦しむことなくペダルを回せ、心が折れることもない。30キロと長丁場の上りだが、また来てもいいなと思わせる楽しい登坂だった。
そして迎えた峠まであと5キロ地点。標高1984メートルで勾配は7%。15年前は積雪に行く手を阻まれたが、今回は何もない(^o^) 峠まで進めるぞ!
この後に標高2000メートルを突破。木々も色づきはじめているようだ。勾配はきついようできつくないような微妙な感じ。峠終盤の破壊力にやや欠ける気がしないでもないが、思ったより残り距離が減るのが早いのでそれはそれでいいかな。
残り4キロ地点、標高2058メートル、勾配8%。
(標高、勾配はサイクルコンピューターでの表示。以下同様)
残り3キロ地点、標高2134メートル、勾配6%。
残り2キロ地点、標高2201メートル、勾配6%。
残り1キロ地点、標高2275メートル、勾配5%。
残り500メートル地点、標高2309メートル、勾配6%。
徐々にピークが近づき、気持ちも高ぶってくる。
そして標高2365メートルにたどり着く。4時間以上かけ、ついに国内最高標高の車道峠を制覇した。30キロの登坂。JR東海道線で言うと東京から横浜の先まで、高崎線で言うと上野から大宮までをひたすら上り続けた。感無量。これがあるから苦しくてもヒルクライムはやめられないんだよね。
なんだけど、少し物足りないものを感じた。峠といえば終盤の2キロはだいたいきついものと決まっている。「ピークはまだか」と苦しんで苦しんでピークにヘロヘロでたどり着く。大弛峠はそれもなく、30キロという長丁場の中でもびっくりするような激坂もない。淡々とペダルを回していたら着いてしまったという感じ。達成感はもちろんあるが、「あれ? これでいいの?」というちょっとした違和感も残ったヒルクライムだった。
もちろん100キロ走った後に上るとか、時間制限のあるブルベの途中にあるとかだったら感じ方も違っただろう。この日はこの峠だけ上ればいいという気楽さや好天も手伝って「あっさり上れた」という思いになったのかもしれない。
物足りない理由としてもうひとつ。それはこの先がないということだ。山梨県山梨市側は舗装されているが、大弛峠で舗装は突然途切れ、長野県川上村側は砂利道となる。オフロードバイクなら走れるだろうが、自転車、それもロードバイクだと厳しい。峠を越えたら折り返すのではなく、やっぱり彼方の町まで下っていきたいよね。今回は少しでも下ってみようかと思いグラベルロードでやってきていた。だが、砂利道を見た瞬間、下っても上り返せないと思い断念した。
ここまで来たんだから300メートル先の「夢の庭園」まで行ってみようかと階段を上り始めたが、途中でクリートの付いたシューズでは危険な雰囲気となったので、これも断念。名残惜しさを感じつつ、ウインドブレーカーを羽織って30キロの天国のダウンヒルへ向かった。
急カーブも少なく舗装も荒れていない道なのでダウンヒルも快適。特に終盤の直線は気持ち良すぎる。4時間以上かけて上った道を1時間もかからず下り切った。
さてと、残る「最高峰」は渋峠か。【石井政己】