フィギュアスケート女子で銅メダルを獲得し一夜明け会見で写真に納まる坂本(撮影・垰建太)
フィギュアスケート女子で銅メダルを獲得し一夜明け会見で写真に納まる坂本(撮影・垰建太)

17日の北京五輪フィギュアスケート女子フリーは、歴史的な幕切れとなった。自己最高233・13点で銅メダルの坂本花織(21=シスメックス)。4回転4種5本に挑み、銀メダルのROC(ロシア・オリンピック委員会)アレクサンドラ・トルソワ(17)。完成度の高さで金メダルをつかんだアンナ・シェルバコワ(17=ROC)。そしてドーピング問題に揺れ、4位に沈んだカミラ・ワリエワ(15=ROC)。最終組の競演に、それぞれの思いが交錯した。【取材・構成=松本航、阿部健吾、木下淳】

女子フリーの演技を終え、笑顔で手を振るトルソワ(撮影・菅敏)
女子フリーの演技を終え、笑顔で手を振るトルソワ(撮影・菅敏)

◆トルソワの衝撃(SP4位→フリー177・13点) 赤い髪を束ねたトルソワは、静かに闘志を燃やしていた。2日前のSP後、コーチに「4回転は4回にしなさい」と諭された。不調のサルコー回避を勧められても、首を横に振った。冒頭からフリップ、サルコー、トーループ。疲れの出る後半に基礎点が最も高い2本の4回転ルッツを着氷させた。客席で見ていた男子銀メダル鍵山優真と銅の宇野昌磨は「あそこでルッツ跳ぶのはすごいよね」と感嘆した。18、19年世界ジュニア選手権2連覇。女子の高難度ジャンプ時代到来を告げた、トルソワの意地が4回転4種5本に詰まった。一気にトップに立ち「5回跳ぶと決めて、跳んで良かった」と胸を張った。

女子フリーで演技する坂本(撮影・菅敏)
女子フリーで演技する坂本(撮影・菅敏)

◆坂本の歓喜(SP3位→フリー153・29点) 坂本はトルソワの得点をリンクの壁際で聞いた。「ロシアが強いのは分かっていた。歓声を聞いて『やったんだな』と思った」。集中は切れず、中野園子コーチ(69)から「いっぱい練習してきた。自分を信じて頑張ろう」と送り出された。代表選考会の全日本選手権より落ち着いていた。3回転半、4回転の高難度ジャンプはない。それでも最後の3回転ループまでミスなく滑りきり、両手を広げて喜んだ。団体戦、2日前のSPを経て「正直、だいぶ疲れていた」と疲労を感じながらも、2位につけた。

女子フリーで演技するシェルバコワ(撮影・菅敏)
女子フリーで演技するシェルバコワ(撮影・菅敏)

◆シェルバコワの貫禄(SP2位→フリー175・75点) 昨季の世界女王、シェルバコワには経験があった。「どうすればうまく滑れるか、集中できるか、各大会で得た経験に助けられた」。冒頭、北京入り後は転倒が続いた4回転フリップに3回転トーループをつけた。続く2本目の4回転フリップ成功で流れを生むと、よどみのない演技で見る者を引き込んだ。トルソワを抜いて首位に浮上。上位3人が待機する控室を暫定4位の樋口新葉(明大)が後にした。最終滑走はワリエワ。坂本は4位を覚悟し、同い年の友に「すぐ行くね~」と声をかけた。

女子フリーの演技を終えて肩を落とすワリエワ(撮影・菅敏)
女子フリーの演技を終えて肩を落とすワリエワ(撮影・菅敏)

◆ワリエワの悲劇(SP1位→フリー141・93点) ドーピング問題が騒がしくても、誰もが15歳の力を信じて疑わなかった。坂本を指導する中野コーチでさえも「いつもパーフェクト。(坂本は)4位だと思った」。ROCの仲間からの歓声に包まれて始まったワリエワの「ボレロ」。表情は少しこわばった。序盤に両手を挙げた3回転半で転倒。2種3本の4回転は全て決まらず、シニア1年目で今季5戦全勝の少女は泣いていた。暫定首位のシェルバコワ、2位トルソワは同じトゥトベリゼ・コーチに指導を受けてきた。シェルバコワは最初のジャンプだけを見て「彼女にとって本当に負担だと思った」と目を背けた。トルソワは「私自身もいろいろあった」と演技を見なかった。4位を覚悟していた坂本は、自分の知るワリエワではない姿にこう言った。「正直、見るのがつらかった」。

銅メダルを獲得し、表彰台の上で笑顔を見せる坂本(撮影・菅敏)
銅メダルを獲得し、表彰台の上で笑顔を見せる坂本(撮影・菅敏)

◆予想外の幕切れ 涙を流してリンクを出るワリエワを、皆が見つめた。18年平昌五輪金メダルのザギトワ、銀のメドベージェワ(ロシア)は客席で叫び、後輩の背中越しに旗を振った。合計224・09点。自己ベストに48・62点も届かない数字を見て、場内は静まり返った。ワリエワは泣きじゃくり、その場で5分ほど顔を上げられなかった。

坂本は上位3人の控室にいた。画面でワリエワの得点を見ても「私は何位なんだろう?」と頭は混乱していた。総合成績が映し出され、3番目に自分の名前があった。途端に泣き崩れていた。中野コーチは「こんなことがあるんだと思った。あの子は運を持っている」と教え子を抱き締めた。

世界中の記者が集った取材エリア。ワリエワはティッシュケースを左腕で抱え、口を開くことなく通過した。上位3人の記者会見。金メダルのシェルバコワは「本当に夢を見ているみたいです」と喜びを表現し、年下のワリエワを思った。

「大変だったということは、同じ選手として分かります。私が思う本当のことは、彼女に直接伝えます」

フィギュアスケート女子
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