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井上尚弥
母の食事で鍛えられた胃腸 怪物の強さ支える「食べる力」/管理栄養士が見た進化②
井上の栄養サポートを行う明治の管理栄養士・村野あずさ氏が語る井上の強さにつながるキーワード。2つめは「食べる力」だ。
村野氏 前回、井上選手の食への意識がパフォーマンスに影響しているという話をしましたが、そのベースにあるのは根本的な胃腸の強さだと思っています。井上選手はラグビーの松島選手とも親交がありますが、食事量は体格が違う松島選手も驚くほどです。試合前(計量後)の食事をしんどそうに食べている選手や、気持ち悪くなって吐いてしまう選手もいる中、井上選手のそのような姿は見たことがありません。井上選手は計量後の食事について「コンディションが良いか悪いかが決まる瞬間。ここで食べられるか食べられないかで当日の動きが決まる」と語っており、計量後から試合までに5キロ前後体重を戻しています。それくらい、ボクサーにとって計量後の食事は重要です。アスリートにとって、「食べる力」は重要な要素であり、井上選手にとっての大きな武器だと思います。
胃腸の強さ―。そこには、幼少期からの食習慣が影響していると村野氏は続ける。
村野氏 2014年の栄養サポート開始時に、食事を作っていたお母様に井上家の食事をいろいろと見させてもらったのですが、その頃から、日常的にだしの「うま味」や素材の味を生かした和食ベースで健康的なメニューが多く、動物性油脂の少ない、減量に適した食生活がすでに実現できていました。食事であれを変えて、これを変えてと一から見直す必要がまったくなかったので、スポーツ選手として栄養の知識をプラスして、過不足のある5大栄養素を考えながら、こういう食事を摂っていきましょうという方向性を共有するぐらいでした。
ボクサーにとって最初の敵である減量。井上にとって、母美穗さんの食事は、そこでも大きなプラスになっていると村野氏は言う。
村野氏 切り干し大根やゴボウの煮物など、いわゆる「昔ながらの食事」は減量にも適していますが、若い世代を中心に和食離れが進んでおり、最近はそういう食事が苦手な選手も少なくありません。ただ、和食は食材の持ち味を生かした料理が多いですし、蒸す、ゆでる、煮るなど、油を使わない調理法が多いために減量には最適です。井上選手の食卓には、カボチャの煮物や、もずく酢、モロヘイヤのおひたしなど和食のおかずがたくさん並びます。食習慣を変えるのは簡単ではありません。やはり、毎日口にする食べ物が、体をつくり、病気などに対する抵抗力を生み出します。減量に対応できる引き出しも含めて、幼少期からの健康的な食習慣が今の井上選手の体を支えているのだと思います。
結婚もし、「チーム井上」のサポートはさらに厚みを増す。村野氏は「食」はさまざまな面で、アスリートの力になるとまとめた。
村野氏 井上選手の場合、試合の度に、父の真吾さんが特製のすっぽんスープと参鶏湯をつくっていて、それを計量後に食べるのがルーティンの一つになっています。過酷な減量を終えた後に、一口一口幸せを噛みしめながら食べる姿に家族の絆を感じますし、闘いのスイッチが入る瞬間なのだと思います。最近では減量期になると家族と離れてホテル生活を送っていますが、計量が終わってチームの皆で食事をした後は家族の元に帰り、夕食は家族皆で食べています。リング上は1人ですが、井上選手の周囲にはジムも含めて、素晴らしいサポートがあります。食事の目的は、たべるものを体に入れて栄養にするだけではありません。仲間や家族と共に食卓を囲むことでの安心感やリラックスにもつながります。幼少期からの、食事を楽しみ、考える中で井上選手が培ってきた「食べる力」―。それが、あの圧倒的なパフォーマンスの裏にあるのではないかと思っています。
◆WBA、IBF世界バンタム級タイトルマッチ12回戦
井上尚弥(大橋) | ○ | 8回TKO | ● | ディパエン(タイ) |
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村野あずさ(むらの・あずさ)
陸上の長距離選手として実業団でも活躍。引退後に明治に入社し、プロ野球、サッカー、ラグビー、陸上など多くのトップアスリートの栄養指導を担当。19年ラグビーW杯は日本代表に帯同し、現在は井上尚弥のほか、スピードスケートの高木美帆、ラグビーの松島幸太朗、姫野和樹らを担当。著書に「『走る』ための食べ方」(実務教育出版)。