突然のトップ解任の裏に倫理と営利めぐる葛藤


ChatGPTの公開以降、一気に時の人となったサム・アルトマン氏。突然の解任劇はなぜ起きたのか(撮影:尾形文繁)
ChatGPTの公開以降、一気に時の人となったサム・アルトマン氏。突然の解任劇はなぜ起きたのか(撮影:尾形文繁)

「ChatGPT」の公開からちょうど1年。瞬く間に世界を席巻したAI企業が、今度はお家騒動で衝撃をもたらした。

ChatGPTを開発するアメリカのOpenAIで、CEO(最高経営責任者)であるサム・アルトマン氏が突如解任され、わずか5日後に同職に復帰するという事態が勃発した。

事の始まりは11月17日。OpenAIのホームページに、リーダー交代に関するリリースが掲載された。そこにはCEOのサム・アルトマン氏が辞任し、CTO(最高技術責任者)を務めるミラ・ムラティ氏が暫定CEOに就くと明記されていた。

リリースでは、アルトマン氏について「理事会とのコミュニケーションにおいて一貫して率直さを欠き、理事会の責任遂行を妨げているとの結論に達した。理事会は、同氏が引き続きOpenAIを率いる能力をもはや信頼していない」と説明。共同創業者であるグレッグ・ブロックマン氏も、理事会会長を退くことが記載された。


従業員の署名も効き騒動は収束

突然の解任に慌てたのは、OpenAIに巨額を出資してきたマイクロソフトだ。11月20日、マイクロソフトのサティア・ナデラCEOは役員との話し合いの末、アルトマン氏とブロックマン氏が同社へ入社すると発表した。

そこに今度は、OpenAIの従業員たちが行動を起こす。約9割の従業員が理事会の判断に猛抗議する文書に署名し、退職も辞さないと脅しをかけたのだ。これがきいたのか11月22日、OpenAIはアルトマン氏のCEO復帰を発表。ブロックマン氏も復帰となり、6日間の騒動はいったん終わりを迎えた状態だ。

アルトマン氏本人はもとより、マイクロソフト、そして従業員にとっても想定外だった、理事会による解任劇。そこから見えてくるのは、OpenAIという複雑な組織が抱えるジレンマだ。

OpenAIは2015年12月、アルトマン氏らによって非営利団体として設立された。組織の目標として当時、「金銭的なリターンを得る必要性に制約されることなく、人類全体に最も利益をもたらす可能性の高い方法で、デジタルインテリジェンスを発展させること」と定めている。

AIは業務の効率化などに活用できる一方、フェイクニュースの蔓延や雇用への短期的影響などリスクを伴う。倫理と安全性が求められるAIの領域において、OpenAIは資本的な利益よりも人類の利益を優先する、非営利の研究開発機関として組織されていた。

設立時には、10億ドルの寄付を目標に設定。総額約1.3億ドルの寄付を受け、組織の運営や、ディープラーニング、AIアライメント(AIが人間の価値観、目標、意図に沿って行動するようにすること)の研究などに使用された。


数年で「ハイブリッド」組織へと転換

しかし2019年3月に、その組織形態を大きく変えることとなる。OpenAI本体の傘下に、一定条件がついた営利企業のOpenAI LPを設立したのだ。この形態では出資する投資家や従業員は上限付きのリターンを得ることができる一方、一定以上の利益に関しては、非営利組織であるOpenAIに還元される。



営利と非営利のハイブリッドな組織に見直した背景について、OpenAIは「アルゴリズムの革新に加え、多くの計算能力を使うことになったことで、OpenAIを始めるときに計画していたよりもはるかに速くスケールすることを決めた」ためと説明していた。

他のIT企業もAI事業に本腰を入れる中、業界をリードするポジションであり続けるには、大規模なクラウドやAIスーパーコンピューターの構築、さらには優秀な人材の確保が欠かせない。そのためには数年間で数十億ドルの投資が必要となり、企業からの出資などを受けられるよう組織形態を変えたわけだ。

実際、そのわずか数カ月後にはマイクロソフトとパートナーシップを締結し、同社が10億ドルの出資を行うと発表。 マイクロソフトは2023年1月にも、複数年にわたって OpenAI に数十億ドル規模の投資を行う方針を発表し、マイクロソフトのAzureは、OpenAI の独占的なクラウドプロバイダーとなった。

これら一連の提携を先頭に立って交渉してきたのが、アルトマン氏だった。

一方、営利企業の設立後も、OpenAI全体の組織の“最上位”に位置づけられてきたのが、6人の役員で構成する理事会だ。2023年6月時点で、OpenAIはその組織構造について主に次のような特徴を挙げている。

「理事会は非営利団体に変わりなく、安全なAGI(汎用人工知能)の促進という義務を果たす必要があり、営利企業もこの使命に従う必要がある」「理事会の過半数は独立性を保っており、社外取締役はOpenAIの株式を保有していない。またCEOのサム・アルトマン氏も直接は株を保有していない」「AGIができたかどうかの決定権は理事会にある」

つまり、OpenAIはあくまで非営利団体として発足した当初の目的を堅持し、それを実現するために理事会の権限を強くしているということだ。

こうした構図から、今回のクーデターのような解任ができたことや、OpenAI Globalに巨額を出資するマイクロソフトですらアルトマン氏の解任を事前に知らなかったことが理解できるだろう。


理事会メンバー刷新後に残る懸念

解任を決めた当時の理事会は、創業メンバーであるアルトマン氏、ブロックマン氏、イリヤ・サツキバー氏のほか、社外理事3人で構成。2018年から参画しているQuora代表のアダム・ディアンジェロ氏、シンクタンクのランド研究所のターシャ・マッコーリー氏、そして2021年から参画しているジョージタウン大学安全保障・新技術センター戦略担当ディレクターのヘレン・トナー氏だ。

AI政策とグローバルAI戦略研究を専門とするトナー氏の参画時、OpenAIはリリースで「この就任は、テクノロジーの安全かつ責任ある展開に対する私たちの献身を前進させるもの」と記載しており、非営利組織らしくAIの安全性を重視した登用と受け取れる。

アルトマン氏の解任には、サツキバー氏と社外理事の計4人が賛成したとみられている。直近でもアルトマン氏は画像生成や音声合成などテキスト以外のAPIの公開や、開発者が独自のGPTを作成、販売できるマーケットプレースの開発を推し進めていた。ビジネス路線を突き進む同氏との間に生じた軋轢が、解任へとつながった可能性は高い。

一連の騒動を受け、理事会メンバーは抜本的に見直される予定で、元セールスフォース共同CEOのブレット・テイラー氏らの就任が決まっている。アルトマン氏の全面支援を行ったマイクロソフトの関与が強まることも想定される。

理事会の刷新で表向きは一件落着だが、営利色が強まれば、AIの安全性をいかに担保するかというジレンマはいっそう深まる。

世界を騒がせたお家騒動は、AIの開発とビジネス競争をどう両立させるかという根本的な問いを改めて投げかけている。

【武山 隼大 : 東洋経済 記者】