17、19年の賞金女王鈴木愛(29=セールスフォース)が女子ツアーの開幕第2戦、明治安田レディスで今季初勝利をあげた。ツアー通算19勝目。黄金世代、プラチナ世代、ダイヤモンド世代…続々と台頭する若手に対し「まだまだ上でいたい。若い子には『まだ負けねぇぞ』って気持ちでやってます」と気持ちよく言い切った。
鈴木は取材をしてみて最も印象が変わった1人だ。ミスショットをすれば、不満が顔や態度にはっきり出る。インターネットに掲載されるニュース記事には、そうした姿を批判するコメントもある。
「紳士のスポーツ」と呼ばれ、自分自身やマナーに厳しさが求められるゴルフだけに仕方ないところもあるとは思うが…。
実際に、好位置でスタートしながら大たたきして崩れ、難儀な取材になったこともある。ただ、それは鈴木に限った事ではない。取材拒否する選手もいる中で、鈴木は良かった点、悪かった点を何分でも説明するタイプだ。勘違いされやすいタイプなのか-。
「メンタルの前に技術がないと意味がない」。“心技体”ではなく“技、体、心”の順に重視する。「私は下手くそだから」とラウンド後はいつも、ほかの選手がいなくなるまでパター練習場でボールを転がす練習の鬼。19年は年間7勝をあげた。
だが、新型コロナウイルスの感染拡大で状況が変わった。目標に定めた東京五輪が延期。20-21シーズンは1勝に終わり、五輪も出場できなかった。
うまくなる要素を見いだせず、モチベーションも低下。近しい人に21年での引退を打ち明けていたが、周りから「辞めないでほしい」と言われ、年間女王奪還と永久シード獲得をモチベーションに踏みとどまった。
練習は苦にならないが、トレーニングは「嫌い」。台頭する若手のトレーニング量には敬意を表している。「やるからには1番じゃないとやる気も出ない」。負けたくない思いでショットの正確性を求めると同時に、キツい体幹トレーニングにも取り組んだ。おかげで疲れも残りにくくなった。今ではアフターケアも含めバランスを整えてもらわないと気持ち悪くなっている。
そんな中で能登半島地震が起きた。翌日には羽田空港で航空機と海上自衛隊機の衝突事故も起きた。自身もツアーで全国を飛び回る身。人ごとではなく、人生観を考えさせられた。
「人生を考えたときにプライベートでもゴルフでも、そこまで思い切り楽しめていなかった。いつ自分の人生が終わっても後悔しないようにやりたいなと思ったので、トレーニングや練習にもしっかり取り組みたいなと思った」
練習や体幹トレーニングにも熱が入った。“技”に続き“体”も充実した。
被災地には義援金1000万円を送った。これまでも地震や豪雨災害のたびに義援金を送っていた。
「自分がプロになれる自信はなかった。練習場に行って、たくさんの人に助けられてる。いろんな人に少しでも恩返しできたらと思う。仕事でやってくれるのは当たり前、全部が当たり前じゃない。やってくれる事には自分もしっかり答えたい。少しでも困っている人がいれば自分でもしたい」
いつまで現役を続けるかも分からない。が、応援してくれる人に、自分が何をしているかを伝えるためインスタグラムも始めた。
もともと、ゴルフもやりたくて始めたものではなかったが、両親のおかげ。弟、妹にもゴルフをさせてくれた。決して裕福だったわけではなく、節約のため移動に飛行機は使わず母親が日産のマーチを何百キロも運転してくれた。いろんな人の支え、やりたい事ができる環境に感謝した。
他の選手が脱帽する完璧な内容で3日間を終え、最終日は2位小祝さくらに4打差をつけ迎えた。
1番をバーディー発進も「4日間で1番ショットが乱れた」と2、3番で連続ボギー。1つ伸ばした小祝との差は2打になった。「気持ち的にも上の空じゃないけど、気をはっきり持てずだった」。過去、4日間競技での完全優勝はなかった。小祝の大逆転劇? も浮かんだが、鈴木の心は切れなかった。
「その後はボギーをたたかず、バーディートライもできて感覚も戻ってきた。いつも通りできた」
途中のホールで表情や姿を見ても落ち着き払っていた。9番ではティーショットを左に打ち込む大ピンチも5メートルのパーパットをしっかり沈めガッツパー。「大きかった」。後半に突き放し勝負を決した。
技術、体力に裏打ちされ、心も整ってきたように見えた。
「シーズンが始まったばかりなので心穏やかなのかも」と笑いながら、「プロゴルファーもそうですけど、いろんな方と話す機会も増えて、考え方も自分の中で変わってきている部分もある。本当に周りから支えられてるし、今は周りのおかげで心穏やかにできている」。ここでも感謝の言葉を口にした。
大会には永久シードを獲得している不動裕理(ツアー50勝)が出場。岡本綾子(同44勝)が解説を務めていた。
「偉大。そこまで勝てるのはとんでもない。ゴルフがうまいのはもちろんですけど、練習量だったりメンタル、試合への持って生き方も考えられないような世界にいると思う。そういう人の話も聞いてみたい」。
さらなる成長に貪欲だ。
この優勝で11日付の世界ランキングも71位にアップ。目標に掲げる全米女子オープン出場も近づいた。
アスリートとして完成形に入った鈴木に注目したい。【阪口孝志】(ニッカンスポーツ・コム/ゴルフコラム「ピッチマーク」)