- ヴィラ・クルゼイロのグラウンドで子どもたちとボールを蹴る三須記者(右)
<三須記者がリオで見る:カーニバルの光と影>
【リオデジャネイロ7日(日本時間8日)=三須一紀】リオのファベーラ(貧民街)の中でも危険といわれる地域の1つ「ヴィラ・クルゼイロ」に潜入した。そこはサッカー元ブラジル代表FWアドリアーノ(34)の出身地。目的は犯罪に手を染める前に子どもたちを救う非政府組織(NGO)の取材だったが、その最中に銃撃戦に遭遇した。
ファベーラの子どもたちと「フッチボール」でコミュニケーションを図っている時だった。平和な日常が一変した。
「銃声が聞こえた。学校の中に入ろう」
NGO「Attitude Social(アティチュード・ソーシャル)」の職員がそう言った。私には銃声が聞こえなかったため、ゆっくりとグラウンドを出た。次の瞬間だった。
「ドォン、ドォン」
何発かは覚えていない。生まれて初めて聞いた、銃声だった。
急いで校舎の入り口に逃げ込んだ。銃声は鳴りやまない。無我夢中でビデオを回した。子どもたちは笑顔で、歩いて校舎に戻って来る。笑い声を上げながら、私のカメラに向かって無邪気なポーズを取る。彼らには、この異常な状況が、日常なのだ。
銃声が近づくにつれ、不純物が取り除かれるように鮮明な音になる。
「パン、パン、パン」
心臓の鼓動が速くなる。内心、「この建物は大丈夫なのか…。窓の近くは危ない、窓のない所はどこだ」と安全な場所を探していた。音がさらに近くに聞こえたとき、私は自然と入り口から建物の奥に後ずさりした。
「パチン、パチン、パチン」
この音が最も恐怖だった。血の気が引いていくのが分かった。情けない顔をしているのも自覚できた。「逃げ出したい」というのが本音だった。そこでビデオのスイッチを停止。幸い、それが最後の発砲だった。
NGOの女性会長サンドラ・ビエラさん(43)は「遠い、近いはあるけど、ほぼ毎日、銃声は聞こえる。平和な日常が数秒で変わってしまう」と話す。五輪会場があるデオドロ地区から10キロ余り、国際空港からは4キロほどの場所だ。顔面蒼白(そうはく)な私に「この建物にいれば大丈夫よ」と励ましてくれた。
クルゼイロには今もコカインなど麻薬を密売するギャング組織があるという。この銃撃戦はギャングと警察の撃ち合いだった。一般人に銃口が向くことはめったにないが、流れ弾で犠牲になることはあるという。
すぐ近くのファベーラでは、01年にブラジル人記者が、誰の許可も取らず無断で取材に入った際、ギャングらに捕まり、火あぶりで殺害され、国内で大きく報道された。
暴力に満ちた異常な故郷を変えたい-。ビエラさんは、壮大で無謀ともいえる挑戦を、その頃から始めることとなる。(続く)
◆ヴィラ・クルゼイロ 人口約2万5000人。リオデジャネイロ市のペーニャ地区と呼ばれ、12のファベーラがある。その総人口は約12万人。クルゼイロにはかつて、大きなギャングの麻薬組織が2つあったが、現在は1つ。警察も取り締まりを強化しているが、銃撃戦を誘発する危険性もあり、慎重に進められている。治安の向上には至っていない。