ソフトバンクの高卒ドラフト1位ルーキー・前田悠伍投手(19=大阪桐蔭)の1軍デビュー戦に注目した。
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今回はどうしても前田悠の1軍初登板が見たかったので、現場に足を運ぶことはできなかったが、テレビ観戦でじっくり見させてもらった。
本来の姿ではない、デビュー戦で力を発揮できなかった、そういう総括ではないと感じた。
大阪桐蔭時代、U18での国際試合など、何度か前田悠のピッチングは見て来た。ある程度の投球スタイルも描けている。ならば、デビュー戦で緊張して力を発揮できないケースもむろん頭にはあった。
それが現実となり、はっきり言えることは、前田が向き合うべきは、3回8安打6失点の結果ではなく、ファウル3球の現実だろう。
なぜ前田悠は洗礼を浴びたのか。内角球が少ない、逆球が多い、コントロールが悪すぎた、相手打者に狙い打ちされた、さまざまな要因は挙げられるが、それらすべての根幹にあるのは、前田悠のボールには回転数が足りない。
テレビ画面に時折映し出された回転数のデータはおよそ2000回転ほど。走者を背負ったセットポジションでは139キロから140キロの球速。走者がいなくても最速144キロ。これで回転数2000回転では、初見でも1軍の打者ならば楽々ヒットゾーンに運ばれてしまう。
56球を投げて、ファウルはわずか3。ファウルにならない。前に飛ばされてしまう。それもヒットゾーンに。ここを前田はよくよく考えることだ。空振りは2球。セデーニョが特大ホームランを打つ前の空振りと、森が低めボールを豪快に空振りした2回だけ。
つまり、狙い打たれている。それは打者が前田悠を見て感じるイメージと、ベース板に来るボールの予想がぴたりと一致しているからだ。それはタイミングを取りやすいということで、投手からすれば致命的だ。
わかりやすく言えば、例えば155キロで2300回転と、135キロで2300回転はどちらが打者からすれば打ちにくいか。特殊ケースを除き、大抵のバッターで考えれば、135キロで2300回転が打ちづらい、となるだろう。
打者は投球動作から準備に入り、ボールを指先からリリースするところでおおよそのイメージを得る。「だいたいこんな感じかな」。それが同じ2300回転でも、155キロならば、速いボールに対応してきた1軍打者は、これまでの経験が武器になり、タイミングは取りやすくなる。
しかし、135キロの2300回転は、なかなか対戦したことがないために、「こんな感じか」が通用しない。このほんのわずかな差が、ボールに差し込まれたり、ボールの下をたたいてフライになったり、いわゆるミスショットにつながる。
初登板で気負いもあるだろう。1軍打者の抜け目無さに面食らったことだろう。制球も乱れ、カウント球でストライクが取れない。初回、6球で3アウトは、実はすべてカウント1-0からの2球目ストレートを狙われている。たまたま右飛、右飛、二ゴロでミスショットが3つ続いたに過ぎない。
まだ線は細い。体はこれからたくましくなる。大きくなり、馬力もつく。球速だって多少の上積みは期待できる。それでも、今の前田悠はキレのあるボールを投げることを、何よりも大切にすべきだろう。私はそう感じた。
2000回転を、2100、2200回転と増やしていくことは、前田悠ならば決して難しいとは思わない。まず、回転数をしっかり気にしながら、リリースポイントを安定させ、しっかり腕を振る。基本中の基本だが、そこからだろう。
2軍で4勝し、防御率も1点台。しっかりトレーニングして、ファームで実戦を経験して、つかんだデビュー戦だった。前田悠には自信も失いかねない結果となったが、何安打された、とか何失点したとかの目先の数字よりも、同じ数字でも回転数をひとつの目安にしてはどうか。
56球のうち1軍でも通用するボールは、私の目には2球あった。大里への139キロアウトローと、茶野への140キロアウトロー。いいところへ決まっていた。これは制球という点で、唯一評価の対象になるボールだった。
だが、それ以外は、チェンジアップも甘く高めにスーッと入ったり、スライダーはとんでもないところでワンバウンドしたり、いいところはなかった。
不調でも、打たれても、失点しても、前田悠は一切表情に出さなかった。私は捕手として、こういう投手と対戦するのはイヤだった。打ち込まれているはずなのに、なぜ感情を表に出さないのだろうと。そして知らぬ間にそのペースにはまりそうで、それが不気味だった。
実績ある投手で言えば涌井だろう。これだけ、つらいデビュー戦で、前田悠が無表情を貫いたことは、見ていて「へえ」と感じた。未熟な投手ならば、打たれると指先を見たり、マウンドをならしてみたり、首をかしげたり、「調子が悪い」ということをポーズで示そうとするものだ。そういう点で、淡々と投げ終えた前田悠には、心の強さは感じられた。
キレのある前田悠のボールを、1軍で早く見たい。抑えて堂々と、また無表情でマウンドを降りる姿は、私には決して遠い未来ではないように感じる。(日刊スポーツ評論家)