「おばあちゃんになっても…」平金桐と樋口新葉の全日本

23日まで大阪・東和薬品RACTABドームで行われたフィギュアスケートの全日本選手権。その舞台にたどり着くために、選手はさまざまな壁を乗り越え、挑んでいます。女子で22位の平金桐(23=法政大)にとって、競技生活を1年延ばしてつかんだ、最初で最後の大舞台でした。大けがから復帰したこの2季。いつもそばには、樋口新葉(23=ノエビア)の存在がありました。2人で紡いできた、かけがえのない時間―。「Ice Story(アイストーリー)」としてお届けします。(敬称略)

フィギュア

全日本選手権女子フリーで演技する平金(撮影・前田充)

全日本選手権女子フリーで演技する平金(撮影・前田充)

全日本に出場する意義

それぞれの「全日本」がある。

そのことに意識的になったのは、16年に1度担当を離れ、トップ選手だけではなく、スケートに関わるさまざまな人に話を聞く機会が増えていってからだった。この5年ほど、その舞台を最後の場とするスケーターが何を見せ、何を語るのかの興味関心は大きくなっていった。

今年は平金だった。

2月、大学卒業年から1年限定で現役生活を延長し、全日本選手権の初出場を目指すと聞いていた。大阪の会場に行くことはかなわなかったが、映像越しに見届け、連絡を取った。

女子フリーを終えて3日後、都内で再会すると、会話の始まりに、教えてくれた。

「私は最後まで一競技者としてこの舞台に立って、挑みにいきたい、戦いにいきたいって思ってたんです」

10月の東日本選手権を3位で突破して、6歳から始めた競技人生でついに夢だった舞台にたどり着いた。目標は果たしていた。

東日本選手権シニア女子 表彰台に立つ(左から)三枝知香子、江川マリア、平金桐(2024年10月27日撮影)

東日本選手権シニア女子 表彰台に立つ(左から)三枝知香子、江川マリア、平金桐(2024年10月27日撮影)

「最高峰の場だからこそ、最後の『演技発表会』にしたくなかったんです。みんなが真剣に戦いに来ている。私も戦いたかったんです」

思い出作りではない。気持ちは緩むことはなかった。それはすぐ近く、運命と感じる出会いをへて、尊敬が増す親友がいればこそだった。

「新葉ちゃんです。全日本に向けて頑張ってる。そんな人の前で、そんな人が多くいる中で、『ただ出場すればいい』みたいな割り切りはできなかった」

樋口新葉、その存在がなければ、この舞台に立つことは難しかった。同じように戦って、スケート人生を締めくくりたかった。

2人で頑張れた

同じ明治神宮外苑スケート場を練習拠点にする。

ただ、いまのように毎日を一緒に過ごすようになったのはここ2、3年だ。

「互いに苦しい時期だったんです」

平金(左)と樋口

平金(左)と樋口

21年から、右膝外側の靱帯(じんたい)損傷、舟状骨骨折での手術が続いた。復帰のめどが立ったのは23年に入ってから。

「けがで歩くことしかできなかった時に、3回くらいプライベートですれ違ったんです」

リンクでは一方的に知っていた。1歳年上の樋口はジュニア時代から国内トップ選手。中学生時代の日記には憧れから「新葉ちゃん」と書き込んだこともあった。

「新葉ちゃんとリプニツカヤ選手が好きだった」

高校1年で通うようになった拠点は同じだったが、実力差は自然に距離を生んでいた。見つめる存在だった。

「でも、3回目に『何かおかしい』『これは運命じゃないか』と思って(笑い)。向こうもびっくりしてたんですけど」

その日、帰り道で会話を交わした。共通点が多すぎた。樋口も北京五輪を控えて、日々重圧と向き合っていた時期。苦境に友情は加速した。

北京五輪後、樋口が右すねの外側を疲労骨折を煩い、競技への向き合い方を模索しようと長期休養を選んだ。次第にリンクの外で会う機会が増えていった。同じジムの会員になり、復帰へ向けて並んで有酸素運動で大量の汗を流した。

「毎日2人で。1人では頑張れないから。ほんとに人生で数回ある大きな出会いだったな。まさかこんな日来ると思ってなかったのに」

24-25年シーズン。

平金は初めての全日本を目指し、樋口は全日本初優勝を目標に掲げた。

それぞれの「全日本」があり、だからこそ2人で頑張れた。

スケートアメリカでGP初優勝を飾った樋口新葉(2024年10月19日撮影)

スケートアメリカでGP初優勝を飾った樋口新葉(2024年10月19日撮影)

10月、樋口がグランプリ(GP)シリーズ第1戦スケートアメリカでGP参戦7季目で初優勝を飾った。

「勝手にバトンをもらった気がしました。とても勇気づけられました」

その翌週が勝負時だった。

青森で開催された東日本選手権。上位5人が全日本選手権出場を決める予選大会で、平金は3位で表彰台に上がることになる。背中を見せてもらい、背中を押された。そう感じた。

「彼女は友達だけど、やっぱり先輩でもあって。経験値も私とは全然違う。いつもアドバイスをしてくれる。なにかあって困ったら、適当ではなくて、真摯に向き合って、一緒に悩んでは解決策を考えてくれるんです」

全日本選手権女子SPで演技する平金(撮影・前田充)

全日本選手権女子SPで演技する平金(撮影・前田充)

秋から冬へ。樋口がGPファイナルを戦い、そして2人で挑める全日本へ。

「戦いにいく」

その一心で、ショートプログラムの日を迎えた。

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スポーツ

阿部健吾Kengo Abe

2008年入社後にスポーツ部(野球以外を担当します)に配属されて15年目。異動ゼロは社内でも珍種です。
どっこい、多様な競技を取材してきた強みを生かし、選手のすごみを横断的に、“特種”な記事を書きたいと奮闘してます。
ツイッターは@KengoAbe_nikkan。二児の父です。