ランタンに灯(とも)った聖火が、小さな希望の光に見えた。パリ・オリンピック(五輪)閉会式。壇上に上がった5大陸7人のアスリートが、心を寄せ合うように顔を突き合わせて灯火を吹き消した。私は思わず祈った。どうか4年後も聖火の灯る世界でありますように。

大会期間中も、ロシアによるウクライナへの侵攻、イスラエルのパレスチナ自治区ガザへの爆撃は続いた。パリはテロ対策に神経をとがらせ、厳戒態勢が敷かれた。緊迫した世界情勢の中での五輪。アスリートたちが放った強い光が、最後の希望に思えた。

日本は海外開催の五輪で最多の金20個を含む45個のメダルを獲得した。私が初めて取材した96年アトランタ大会の日本勢の金メダルはわずか3個ですべて柔道だった。今大会は実に7競技で頂点に立ち、メダルは16競技に広がった。誰もがいろんなスポーツを楽しめる土壌が整った証だろう。

メダルを逃した選手にも胸を打たれた。「人としてもダンサーとしても成長した」。新競技ブレイキン男子で4位に終わった半井重幸の潤んだ瞳の笑顔は忘れられない。予選敗退前に「人の失敗は祈りたくない」と語ったスケートボード女子パークの前回女王・四十住さくら。フェアプレー精神の美しさに感動した。それぞれの五輪。敗者などいないのだと思った。

競泳男子で個人4冠を達成して地元フランスの英雄になったマルシャンは、人間が秘める無限の可能性を体現してくれた。そして極右政党の台頭で分断の危機にある国民のとがった心を共感と感動で満たした。スポーツには人々を1つにする力があるのだと思った。

バドミントン女子銀メダリストの何氷嬌(中国)は、スペインチームのバッジを手に表彰台に上がった。準決勝の試合中に負傷棄権した対戦相手のスペイン選手の無念の思いも背負って決勝を戦ったのだ。

体操女子の女王バイルズ(米国)は、本命視された種目別床で2位に終わったが、表彰台に上がる金メダリストを、しゃがんで手を掲げ、笑顔でたたえた。憎悪も敵意もないスポーツの原点を見た思いがした。

数年前に取材した音楽グループ「いきものがかり」のリーダーでソングライターの水野良樹さんの言葉が鮮明によみがえってきた。12年ロンドン大会を観戦した彼は、五輪についてこう語った。

「会場では政治的に対立している国の人々も一緒に喜び、笑っていた。きれいごとが詰まっていると思った。でも4年に1度であれ、そこには確かに平和が実現していた。どうしようもない現実に向き合いながらも、きれいごとを何とか現実に落とし込もうと、努力を続けている結果なんだと思った」。今、本当にその通りだと思う。

約60年前に公開された映画「東京オリンピック」(市川崑監督)は、最後にこんな言葉で締められている。「人類は4年に1度夢を見る。この創られた平和を夢で終わらせていいのであろうか」。世界はしばらく暴力の連鎖を断ち切ることができないだろう。だからこそパリで人々の記憶に刻まれた「心の聖火」を、未来につなげていかなければならいのだと思った。【首藤正徳】(おわり)(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「五輪百景」)

灯火を吹き消す5大陸7人のアスリート選手ら(ロイター)
灯火を吹き消す5大陸7人のアスリート選手ら(ロイター)
パリ五輪閉会式 セレモニーで「五輪」が完成(ロイター)
パリ五輪閉会式 セレモニーで「五輪」が完成(ロイター)