ヤクルト石川雅規投手(35)は身長167センチと決して恵まれない体格ながら、なぜ昨季まで13年間で131勝も積み重ねられたのか。ルーツを探りに出身地の秋田市へ行くと、秋田人特有の「負けん気」気質と、徹底した走り込みによって「小さな巨人」が生まれたことが分かった。
- 4月11日、巨人戦でヤクルト石川は味方の好守に拍手
秋田弁に「えふりこき」という秋田人気質を表している方言がある。見えっ張りを意味する言葉で、前向きにとらえれば、人前で弱さを見せない負けん気の強さという解釈もできる。秋田市で農家を営む石川の父昭芳さん(66)は、練習から帰宅した高校時代の石川を思い出した。
- 石川が父昭芳さんとキャッチボールをした軒先
昭芳さん 冬でも毎日学校で走り込んでいた。今思えば疲れていたんだろうけど、学校から帰ってきてもすがすがしい顔をしていた。当時から負けず嫌いだった。
石川の恩師で当時、秋田商の監督を務めていた小野平氏(66)も証言した。
小野氏 石川のガッツはすごかった。なんたって負けず嫌い。吹雪の中、遭難するんじゃないかってぐらい走ってた。普段はたいしたことないけど、野球ではへこたれない。私の前で弱音は絶対吐かなかった。
「秋田の着倒れ」という言葉は、美人が多い秋田で自分を良く思われたいから、身なりにお金をかけるという説から来ている。転じて「自分が良く思われたい」という考えにつながる。代表的な例でいえば、石川の高校の先輩に当たる総合格闘家・桜庭和志(45)だ。徹底したスパーリングで自らを鍛え上げて試合に臨む一方で、趣向を凝らしたサービス精神旺盛な入場パフォーマンスを展開する。秋田特有の「えふりこき」の一面が垣間見える。
- 秋田商の先輩、桜庭和志もえふりこきだなあ
石川が徹底的に走り込めたのは、負けず嫌いの他にも理由があった。「日照時間」だ。気象庁が発表した2010年の年間日照時間の全国平均で、一番短いのが秋田県の1526時間。80時間差で青森県、富山県と続く。1位は山梨県の2183時間となっている。秋田の女性は色が白い、と言われるのはこのためだ。
昭芳さん 秋田市は冬になると、午後5時には日が暮れてしまいます。練習はトスバッティングか、ランニングしかできません。
- 石川が汗を流した秋田商グラウンド
秋田商でバッテリーを組み、ともに青山学院大へ進学し、現在は母校の指揮を執る太田直監督も続けた。
太田監督 石川は冬場、長靴を履いてグラウンド走ってましたよ。小さいから、どこ走っているか分からなくなるんですよ。大学でも、めちゃくちゃ走ってましたから。走っては吐いての繰り返しでしたから。
もう1つの理由が「睡眠時間」だ。母泰子さん(62)が回想する。
泰子さん 1780グラムの未熟児で生まれました。中学校に入る時は138センチしかなくて、食が細かったんです。
石川が幼少期の頃、昭芳さんがつくったお米を小さな茶わんでおかわりできなかった。それでも、睡眠時間はいつも規則的だった。昭芳さんは「雅規は夜9時ぐらいから寝る準備をして、朝6時前には起きていた」という。石川は幼少期から平均約9時間の睡眠時間を確保していた。
11年に行われた総務省社会基本調査によると、秋田県の睡眠時間は7時間56分で全国1位。最下位は神奈川県の7時間18分だった。規則正しく、長い睡眠時間が健康的な体をつくりあげる。石川が「遭難しそうな」まで走り込めたのは、安定した睡眠でつくった丈夫な体があったおかげというわけだ。
- 5月10日、地元秋田の中日戦で力投するヤクルト先発の石川
石川はプロで2ケタ勝利を10回記録して、昨年までの13年間で通算131勝を挙げた。
昭芳さん 誰もプロになるとは思わない中で、あきらめないでがんばったからプロ野球選手になれた。ケガしないで長く頑張ってほしい。
人に弱さを見せない「えふりこき」がよく走り、よく寝て「小さな巨人」に変化を遂げた。秋田の地が、負けず嫌いの石川を大きくした。【高橋洋平】
◆秋田市 秋田県の県庁所在地で、総面積は905・7平方キロメートル。人口31万7236人(4月末現在)。名物はきりたんぽ、ハタハタなど。主な観光名所は佐竹氏の居城、久保田城跡だった千秋公園。今週末の30、31日は4年目となる東北六魂祭が市中心部で開催される。また東北3大祭りの1つ、竿灯(かんとう)まつり(8月3~6日)は、毎年120万人を超える観光客でにぎわう。14年8月からは、東北有数の繁華街の川反を中心に「あきた舞妓」が活動を始め話題に。