本田圭佑は、約1年前からカンボジアで代表チームを実質的に指揮している。10月10日に、ワールドカップ(W杯)アジア2次予選で、強豪イランに0-14で大敗。負けっぷりが注目されたが、東南アジアの弱小といえる国の代表チームで、一体何をしようとしているのか。
イランには0-14で惨敗
その取り組みについては、ほとんど語られていない。
カンボジアは本田が3度経験したW杯に、1度も出たことがない。国際サッカー連盟の最新ランキングは169位。日本は31位で、その差は歴然としている。ちなみにイランは23位で、日本を上回るアジア最上位に位置する。
テヘランでの試合を終えた本田はツイッターで「誤魔化したような戦いをして失点を減らすよりも、現在地を全員が認識してから改善していく方が実は近道なんです。強がりと思われるかもしれないけど、事実やから」(原文ママ)とつぶやいた。
カンボジアは無謀ともいえる戦いを挑んだ。アウェー、それも標高約1200メートルの高地で空気が乾燥し息も上がりやすい環境下で、アジア最強の相手に、いつも通りパスを細かくつなぐスタイルでぶつかっていった。力の差は明らかで、攻められっぱなしだったが、格上相手に戦うセオリーでもある引いて守り、長いボールを蹴って危険回避するような戦い方はしなかった。
「たった2年で文化を」
本田が率いるようになって、カンボジアはイラン戦と同じようなサッカーをしている。
9月には、アジア2次予選の初戦で格上の香港と1-1で引き分けた。首都プノンペンのスタジアムは4万5000人でほぼ満員。コンサートのような異様な盛り上がりの中、2次予選で同国史上初めての勝ち点1をつかんだ。自陣深くからでも、徹底的にパスをつないだ。GKは大きく前に蹴らず、11人全員でつなぎ倒す。大きく蹴ってピンチを脱する安全策は放棄。本田いわく「クレージーな」やり方で、引き分けた。
細かいパスでつなぐことにこだわり、長いボールは蹴らない。
なぜ、こんなにも、かたくななのか。
指導者ライセンスを持たない本田は正式な監督ではないため、試合前後の会見には出ず、公の場で語ることはあまりない。尋ねると、長く主軸を担っていた日本代表を引き合いに出して力説した。「(契約期間の)たった2年でレベルに関係なく、サッカーのスタイルとしての文化をつくってしまおうというのがビジョン。これは、日本がいまだに、やれていないこと」。
何やら壮大な話になってきた。
「俺らの国のサッカーや」
9月5日、ほぼ同時刻に遠い日本では国際親善試合が行われていた。日本が南米のパラグアイに2-0で完勝したという情報も、リアルタイムで把握していた。今も日本代表への愛は変わらない。だからなのか、厳しい。
「日本は、監督が変わる4年ごとにサッカーが変わる。これが、日本のサッカーにまだ文化がない証拠。スタイルではなく文化が先。海外から外国人の監督が来て、文化にのっとってないサッカーをしたら『ふざけんなよ』くらい言えるのが文化だけど、日本はそうじゃない。海外から来た監督に『どうぞ、好きなようにやってください』という感じ。何を言ってんねん、俺らの国のサッカーや。俺らの国の、1億2000万人のサッカーやぞと」
日本が目指すべき方向も、同じ「つなぐ」だと、今も信じて疑わないが、壁にぶつかり、挫折している。14年W杯ブラジル大会。日本代表で同じようなことをやろうとして、大失敗した。「W杯優勝」を公言して臨んだが、1次リーグで1勝もできず惨敗。道は途絶えムードはしぼんだ。当時を「できなかったことを一切言い訳するつもりはない」とだけ振り返るが、壁にぶつかっても、ひたすら信じる道をいく。今はカンボジアで目先の結果にとらわれず、より大胆に。実質無償のボランティアのような監督業でサッカー「文化」の種をまく。
「この2年間で文化をつくる。そうすればその先、20年かかるところを、5年に省略できる。これが俺の言う文化の意味」
ライセンスの「ラ」の字にさえ関心なし
20年を5年に「近道」し、カンボジアが将来、日本と互角にやり合うだろう日をイメージしている。その時がくれば、日本とカンボジアの国旗がデザインされたTシャツを自費で作って着用し、両チームを応援すると夢がある。いつでも夢を、現実のものとして具体的に語る。小学校の卒業文集に「セリエAに入団」「10番で活躍」と記して実現させた。壁は越えられると証明してきた。来たるべきその日は、少しだけ日本に肩入れして応援するのだという。宇宙規模で生きる地球人は「一応、日本生まれだから」と笑いながら付け加えた。
カンボジアでは、本田も、海外から来た外国人の監督。このとっぴなやり方だとエゴだ、押し付けだ、独りよがりだという声が出てくるかもしれない。0-14という屈辱的な、歴史的大敗も喫した。それでも動じない。「中途半端じゃ文化の基盤はつくれない。徹底してやっている、これ以上ないくらいに。普通に考えたら、クレージーなことをしている」。
指導者ライセンスなしの実質監督という微妙な立場だが、ライセンスの「ラ」の字にさえ関心がない。カンボジア人のサッカー好きが憧れのまなざしを向ける現役選手、所属先はないが、という点も言葉に説得力をもたらしている。
「自分が、できない側だったから」
代表選手も大きな影響を受けている。兼任する五輪代表チームから引きあげた、まじめなDFユエ・サフィ(18)は「彼に指導を受けるようになって、まだ間もないけど、僕たちは着実に成長している」と目を輝かせる。ミーティングでの話術、ダイレクトに心に響く声掛け、やる気にさせるモチベーターとしての天賦の才は変わらず、監督という立場で磨かれている。
名選手名監督にあらず、そんな言葉もあるが、いたって冷静だ。監督のパワハラで揺れるトップリーグもあるが、ここでは無縁。それどころか、失敗したら、学びを得たと拍手させている。
カンボジアの選手はまじめで懸命にやろうとするが、まだまだ発展途上。それでも本田が「何でできないんだ?」と怒るようなことは一切ない。「自分が、できない側だったからね。ガンバでユースに上がれなかったし、できないという気持ちは分かる」と寄り添う。選手もその思いに応えようとして、前進している。
「ギリギリまでもがくよ」
とはいえ、イラン戦ではっきりしたように、この2次予選をクリアし、続く最終予選のステージまで勝ち上がる可能性はないといっていいだろう。ここまで3試合を消化し勝ち点1(1分け2敗)で最下位の5位。イランとイラク、日本代表でも勝てるかどうかという手ごわい2強もいる死の組だ。
2次予選は来年6月まで続く。勝算はあるのか? と最後に尋ねた。
「現実的に、客観的に話したら、あとは香港に勝つかもしれない以外は、全敗かもしれない。でも、現実が分かっていても、受け入れたくない性格やから。まず、どう引き分けに持っていくか。そこは、ギリギリまで諦めたくない。ギリギリまでもがくよ」
それは、移籍先や東京五輪、選手としての近未来どころか、ひいては壁をぶち破り続ける本田圭佑という人間の生き方、そのものについての回答のように聞こえた。
(終わり)【八反誠】