プロ野球のドラフト会議が17日、都内で開催される。最大の注目は、大船渡高校の最速163キロ右腕・佐々木朗希投手(3年)の1位指名を決断する球団がいくつあるか、そしてどの球団が交渉権を獲得するか。ドラフト直前の今、あらためて17歳の可能性に迫る。
ブルペンで捕手が「痛い!」
佐々木朗希は、もしかしたら「最速165キロ右腕」としてドラフト会議を迎えていたかもしれない-。
9月5日、韓国でU18W杯が行われていた。予選ラウンドを突破した高校日本代表はカナダとのスーパーラウンド初戦に臨み、星稜・奥川が5回まで無失点の好投を続けていた。
そんな折、佐々木がブルペンへ向かう。国内合宿中に右手中指の血マメが発覚し、W杯でも登板を避けていたが、どんどんギアが上がる。異国のブルペンが異様な空気に包まれた。目の前に陣取るスカウト陣は、口が開いたままだ。水上桂捕手(3年=明石商)は「痛い!」と声に出すが、やがて声も出ないほどの集中域に入った。
衝撃の「8割くらいです」
点差が開き、結局はブルペンだけで終わった。佐々木の登板後は、報道陣から「今日は何割くらいでしたか?」という恒例の質問がある。この夜は「8割くらいです」という答えが返ってきた。「8割」だが、過去最大の数値。水上も「(明石商エースの)中森の151キロがそんなに速くないように感じた。160キロくらい出ていたと思います」と真顔で話した。
佐々木が「急いで(肩を)作ったので」と説明した衝撃のブルペン投球は、もしかしたら160キロを超えていたかもしれない-。迫力は確実に、163キロをたたき出した4月のU18代表候補合宿の時以上だった。もし緊迫した試合でマウンドに上がり、さらにアドレナリンが出れば…。たらればは尽きない。
ネガティブな世論も
翌日、W杯韓国戦に先発したが、血マメを再発し、わずか19球で終わった。高校野球最後のマウンドは、あっけなかった。念願の甲子園出場をかけた岩手大会決勝でも、投げずに終わった。やりきったのか? そんな問いかけに佐々木は「半々です」と答えた。
ライバル奥川は甲子園で決勝を戦い、W杯でも結果を出した。どうしても比較される佐々木にはその後、ネガティブな世論も目立つようになった。
ドラフト会議を控えた、佐々木と奥川、明大・森下の3右腕が1位指名競合必至とされる。森下が「即戦力」、奥川が「即戦力&将来性」、佐々木が「将来性」とカテゴライズされることが多い。
本当にそうだろうか。佐々木も実は、即戦力になれるのではないだろうか。3月末、今季初登板で全国屈指の強豪、作新学院(栃木)打線を圧倒した。佐々木自身も「自分の思うようにコントロールできたり、満足がいく形で投げられたと思います」と今季ベストゲームに挙げた試合だ。
その約1週間後に163キロを出し、全国を代表する6打者から6連続三振。20奪三振だった7月の盛岡商(岩手)との練習試合も含め、直球が150キロ後半に届いている試合では、まずほとんど打たれていない。
「いま1軍に入っても飛び抜けている」
この半年間、多くのプロ関係者の佐々木評を取材した。163キロを出した直後に西武潮崎編成グループディレクターが話した言葉が最も印象に残っている。
「いま1軍に入っても飛び抜けているのでは。(松坂)大輔も1年目から良かったけれど、能力やポテンシャルでは大輔のさらに上。スタミナとかは大輔の方があると思う」
高卒1年目で16勝した「平成の怪物」より能力が上-。「スタミナとかは」の件は、潮崎ディレクターの評価が的中(?)しているが、例えば来季1軍開幕戦で160キロ前後の剛速球をビシビシ投げ込んだら、さて簡単に負け投手になるのか? そうは思えない。
当然1シーズンを投げ抜く体力づくりは必要になるだろう。だが例えば来季、佐々木が1カ月に1度のペースで1軍で先発したら、年間でどれほどの貯金を作れるだろうか。その魅力を考えると、十分に「即戦力」という判断も下せるように感じる。
194回、顔の高さまで足を上げた
W杯での血マメは、投げ込み不足の一面もあるようだ。ただ、投げるスタミナに大きな問題は感じられない。関東のある高校生の言葉が印象的だ。佐々木が夏の4回戦で194球を投げたことに、こう言った。「確かに疲れます。でもつまり、佐々木君は194回、顔の高さまで足を上げた、っていうことですよね。夏の暑い中、普通の高校生じゃ無理ですよ。途中で足元がふらつきます」。確かにそうだ。足場がどんどん荒れるのに、最後まで150キロ近くを投げ続けた。周囲がどれだけ騒ごうとも、佐々木の価値は変わらない。
ある先輩記者は「鶴のよう」と表現した。180度開脚もできるほどの柔軟性。高く舞い上げた左足でエネルギーをため、一気に打者へ放出する。だから、他の投手とは疲れる場所が少し違う。佐々木の関係者は「160キロを投げても、肩や肘への疲労は案外、人並みくらいです。彼の場合、やっぱり股関節に(疲労が)くるんです」と明かす。
現代っ子にしては驚くべき柔軟性は、先天的なものではない。「トレーナーになりたかった」と周囲に話すほど、体のことに興味を持っていた。昔から、とにかくストレッチを丹念に行っていたという。夏の県大会中、チームは盛岡郊外で合宿を行った。旅館にもヨガマットを持ち込み、温泉と併用しながら体をほぐしていた。そうして作り上げてきた独特なフォームと、繰り出される歴史的直球。プロ野球関係者はその努力と資質にドラフト1位指名をかけようとしている。
子供たちを魅了する「163」
投手の実力は球速だけでは測れない。一方で、球速はロマンだ。野球を知らない子どもたちを、野球に吸い寄せるだけの力が「163」にはある。佐々木は「これから、次のステージで野球をやる上で、超えていきたいと思っている数字」と捉えている。
10月17日、ついに進むべき道が開かれる。少年時代は終わりを告げ、大人への第1歩を踏み出す。そこで何を発するのだろう。願わくば、佐々木朗希の最高の笑顔を見たい。【金子真仁】