全国高校野球選手権大会が100回大会を迎える2018年夏までの長期連載「野球の国から 高校野球編」。元球児の高校時代に迫る「追憶シリーズ」の第9弾は、1982年(昭57)夏に池田(徳島)を初優勝に導いた畠山準氏(53)です。当時監督を務めていた蔦文也さん(享年77)にとっても初Vの夏でした。現在DeNAの球団職員である畠山氏の高校時代を10回の連載でお届けします。


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14年3月22日、センバツの池田-海南戦をスタンドから応援する畠山氏
14年3月22日、センバツの池田-海南戦をスタンドから応援する畠山氏

 ◆畠山準(はたやま・ひとし)1964年(昭39)6月11日、徳島生まれ。82年、池田3年夏の甲子園で全国制覇の立役者に。同年ドラフト1位で南海(後にダイエー、現ソフトバンク)入団。1年目の83年に1軍デビュー。2年目の84年には規定投球回に到達し5勝。その後は故障や体調不良に悩まされ、88年野手に転向。90年ダイエーを戦力外となり、大洋(現DeNA)移籍。92年から3年連続2桁本塁打を放つなど主力打者に。99年引退。通算投手成績は55試合、6勝18敗、防御率4・74。打撃成績は862試合、483安打、57本塁打、240打点、打率2割5分5厘。現役時代は180センチ、80キロ。右投げ右打ち。