中村壱太郎(かずたろう=26)の登場です。色気、かわいらしさを兼ね備えた女形で、情感深い演技で、見る者を魅了しています。2017年は「新春浅草歌舞伎」(1月2~26日、東京・浅草公会堂)からスタートします。
第1部「傾城反魂香」では、坂東巳之助演じる絵師又平の女房おとくを初役でつとめる。女形の大役と言われる1つだ。
「夫が話せない役柄なので、女房のせりふが多いですし、僕たちが『仕事』と呼ぶ、物を取りに行ったり、夫を介抱したりという、芝居の中でやることもとても多いんです。プレッシャーも感じますが、役をできるうれしさを感じます」
市川猿之助に教わる。15年2月の大阪松竹座、壱太郎の父中村鴈治郎襲名披露公演で、猿之助がおとくを演じ、壱太郎は土佐修理之助役で出演し、間近で見続けた。
「猿之助のお兄さんのおとくは、夫に対する気持ちが前面に出ていて献身的で、すてきな奥さんでした。近くでずっと見ていて、僕も涙がこぼれそうに気持ちが高まりました。いつかやりたいと思っていました」
あこがれだけではない。壱太郎は「挑戦で終わらせてはいけない役だとも思ってます」と続けた。
2016年は歌舞伎以外の挑戦も目立った。「大学卒業して以降、こんなに歌舞伎から離れたことはなかった」と話すほどの1年だった。野田秀樹氏による「三代目、りちゃあど」には1年を通して断続的に出演した。日本、シンガポール、インドネシアの共同制作の舞台で、シンガポールでも上演した。
「台本を読み込むことの大切さ、せりふの裏に隠された思いを深く考えるようになりました。半分以上自己満足かもしれませんが、芝居に向かう姿勢が濃くなりました。デッサンで、だんだん色が付いていくような感じです」
興収210億円を超えたアニメ映画「君の名は。」では、巫女(みこ)舞の場面の踊りを作った。もともと、新海誠監督の作品を高校時代から見ていたファンで、以前、壱太郎がNHKFM「邦楽ジョッキー」のパーソナリティーを務めていた時にゲストに来てもらったことで縁ができた。
「僕なんかがと思ったんですけど、女形の僕にとおっしゃってくださったので、作らせていただきました。劇中の場面は6~7秒ですが、10秒以下の踊りを作るのは難しいので、2分半ほどの踊りを作って、監督には『どこでもいいので使ってください』と言いました」
メガヒット作の反響は思った以上。「いろいろ頑張っても、この話に持っていかれちゃう」と苦笑いした。
歌舞伎から離れることが多かった2016年は不安も大きかった。しかし、得たことは大きかった。
「他ジャンルの方からたくさんのインスピレーションを受けることができました。これを踏まえて、2017年は歌舞伎に重点を置いて過ごしたい。浅草といういいスタートを切って、2月は大阪松竹座で若手公演(=二月花形歌舞伎)。この流れを途絶えさせずにいきたい」と、充実感と前向きさで満たされている。【小林千穂】
◆中村壱太郎(なかむら・かずたろう)1990年(平2)8月3日、東京生まれ。祖父は坂田藤十郎、父は中村鴈治郎。成駒家。1歳で初お目見えし、95年1月、大阪・中座「嫗山姥(こもちやまんば)」で中村壱太郎を名のり初舞台。12年「連獅子」で芸術祭新人賞を受賞。「新春浅草歌舞伎」は14年以来の出演。