藤井道人監督と主演の横浜流星はともに無名時代から互いに励まし合ってきた仲だという。「5つの顔を持つ逃亡犯」という難役には、そんな2人の思いが詰まっている。
染井為人氏の原作小説は、脱走した死刑囚の488日に及ぶ逃走劇を描く。逃亡先の各地で見せるまったく別の「顔」から、しだいに彼の本性が浮かび上がり、逃走の真の目的が明らかになっていく。
潜伏先で知り合った人々を山田孝之演じる刑事が聴取するシーンが随所に挿入される。この陰影の濃い聴取場面の臨場感が効いていて、全編にドキュメンタリーのような雰囲気が漂う。
顔を思いっきり汚し、変装のためにまぶたに痛そうな異物を仕込み、危機一髪の飛び降りシーンでは本当に捻挫したように足を引きずる。体を張った横浜の逃走犯から、必死さや心痛が伝わる。対して、組織と正義の板挟みになる刑事役の山田は、余計な動きを排した静の演技が印象的だ。
逃亡犯の決死の行動は、やがて不可能を可能にしていく。袴田巌さんが58年の時を経て再審無罪を勝ち取った年に、この作品が公開されることに意義があるのではないかと思う。【相原斎】
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