【イチロー大相撲〈15〉】床力が叶えた夢 床山が輝く千秋楽の15秒間

力士のまげを結う「床山」に光が当たる瞬間がある。

幕内優勝力士が決まると、支度部屋で大銀杏(おおいちょう)を整える様子がNHK大相撲中継で映る。床山にとっての見せ場でもある。

三等床山の床力(とこりき、31=出羽海)は、テレビでこの瞬間を見て、床山にあこがれた。入門後、大銀杏を担当する御嶽海が優勝を果たし、その夢をかなえた。

一方、定年まで半世紀務めても1度も優勝にめぐり合わない床山もいる。

そんな床山の世界に迫った。

大相撲

裏方中の裏方

2024年春場所。幕内力士42人の大銀杏を担当する床山は、次の表の通りだ。

大の里はまだザンバラ頭なので、ちょんまげを結えない。尊富士は、ちょんまげ。2人とも出世が早く、大銀杏を結える長さに髪が伸びていない。

正確には「大銀杏を担当」とは言えないが、どの床山が頭に触れるのかは、このように決まっている。

基本的に、力士と同じ部屋に所属する床山が任される。部屋の関取が多かったり、部屋に所属する床山がいない場合、別の部屋の誰かが務める。同じ一門でまかなうことも多いが、「縁」にもよる。

床山は裏方の中の裏方だ。

大相撲の主役は力士。行司や呼び出しも本場所の土俵に立つ。

床山は巡業などでの「髪結い実演」で土俵に上がるが、本場所中は観客の目に触れない。仕事場は、支度部屋だ。

床山が注目される時

そんな床山が、ほんの数秒、目立つ場面がある。

千秋楽の終盤、優勝を決めた力士が支度部屋に戻ってくる。表彰式までの間、床山が慌ただしく大銀杏を手直しする。支度部屋にNHKのカメラが入り、その様子が映し出される。

関取は汗がしたたり落ち、顔は上気している。付け人がタオルを渡す。記者が取り囲む。優勝を決めた直後の第一声に注目が集まる。興奮が渦巻く中、床山が手際よく、大銀杏を整える。

NHK大相撲中継に映るのは、長くて数十秒。おおむね15秒程度だろうか。

主役の優勝力士を、床山がより輝かせる。職人としての腕の見せどころ。誇らしい瞬間でもある。

「床山になりたい」

床力は、テレビでこの場面を見て、床山を志した。

子どものころから、大相撲が好きだった。

「あれを見て、床山になりたいなと思いました。小学校5、6年生ごろから、全場所を見ていました。朝青龍、白鵬を見て、格好いいなと」

床山の床力

床山の床力

相撲界と直接的なつながりはなかった。母が働く会社の税理士を通じて、出羽海部屋関係者に思いを伝えてもらった。すると、高校2年生だった2009年12月、電話が来た。当時の師匠、出羽海親方(元関脇鷲羽山)が会ってくれることになり、直談判した。

床山には定員がある。そのため、出羽海部屋の床三(とこみつ)の定年を待って、高校卒業後の2011年6月15日付で入門した。

部屋の先輩、床安(とこやす)が床山の師匠となって仕事を教えてくれた。

くし、元結、握りばさみ、まげ棒、びん付け油などは床山の大切な商売道具

くし、元結、握りばさみ、まげ棒、びん付け油などは床山の大切な商売道具

「僕は床山になりたくてなったので、練習しろって言われたのではなく、純粋に(力士の)頭を触るのが楽しかった。できないことができるようになっていく楽しみでした。当時、『大銀杏の練習をさせてください』とお願いして、兄弟子が頭を貸してくれました」

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スポーツ

佐々木一郎Ichiro Sasaki

Chiba

1996年入社。2023年11月から、日刊スポーツ・プレミアムの3代目編集長。これまでオリンピック、サッカー、大相撲などの取材を担当してきました。 X(旧ツイッター)のアカウント@ichiro_SUMOで、大相撲情報を発信中。著書に「稽古場物語」「関取になれなかった男たち」(いずれもベースボール・マガジン社)があります。