【イチロー大相撲〈42〉】庄之助は宮城野親方と何を話したのか?/8枚の写真と物語

サムネイルに入れた8枚の写真を見ると、秋場所の出来事を思い出す。

どの写真にも物語がある。本場所後に話を聞くと、それぞれの写真はまた違って見えてくる。

写真から透けて見えたエピソードを紹介します。

大相撲

■8枚の写真と物語

〈1〉庄之助と宮城野親方の笑顔

〈2〉眼窩底骨折だった王鵬

〈3〉若碇の恩返し

〈4〉なぜ物言いがつかなかったのか

〈5〉負けて切り替えた大の里

〈6〉21年前に出会った2人

〈7〉見たことがない貴景勝

〈8〉物言いの距離感

庄之助が笑顔に変わった理由

■38代木村庄之助と宮城野親方

秋場所千秋楽。今場所を最後に定年となる38代木村庄之助は結びの一番の後、弓取り式を終えると静かに土俵を降りた。

最後の裁きを終え土俵を下りる立行司の木村庄之助(撮影・小沢裕)

最後の裁きを終え土俵を下りる立行司の木村庄之助(撮影・小沢裕)

引き上げる際、観客から2つ、花束を受け取った。それでも変わらなかった表情が、花道の奥で和らいだ。

東花道の先に、記者クラブの一室がある。記者クララブ担当の宮城野親方(元横綱白鵬)が、庄之助をねぎらうために顔を出していた。

少し、言葉を交わしていた。

宮城野親方(奥右)に声をかけられた第38代木村庄之助は笑顔を見せる

宮城野親方(奥右)に声をかけられた第38代木村庄之助は笑顔を見せる

宮城野親方は現在の立場を考えて、あえて歩み寄らずに控えめにしていたようにも見えた。

どんなやりとりがあったのか。

後日、庄之助に聞いた。

―宮城野親方と顔を合わせた時に笑ってましたが、どういうやりとりがあったんですか

「僕が『ごっちゃんです』って手を出したんです。白鵬さんが(現役時代)相撲を取って勝ってたら、懸賞金を持って待っててくれますよね(笑い)」

―宮城野親方は何と言ってましたか

「『もうやめてますから』と言ってました」

―お二人のやりとりは、微笑ましい感じに見えました

「いつもそこで出迎えてくれたんです。毎日、そこで」

―14日目までもずっとそうだったんですか

「そう。ニコニコ笑って。最後は『お疲れ様でした』って、丁重に言っていただきました」

知らなかった。宮城野親方は、庄之助に敬意を表し、初日から毎日、声をかけていた。

最後の一番を裁き引退した36代木村庄之助(中)は、白鵬(左)から花束を贈呈される。右は鶴竜(2013年5月26日撮影)

最後の一番を裁き引退した36代木村庄之助(中)は、白鵬(左)から花束を贈呈される。右は鶴竜(2013年5月26日撮影)

現在、記者クラブを担当している親方は、宮城野親方と音羽山親方(元横綱鶴竜)の2人。ところが、秋場所12日目から、音羽山親方が審判に入ることになった。

最後の3日間、宮城野親方は1人で、話し相手がいない中、黙々と仕事をしていた。

結びが終われば、さっと帰ることもできる。あえて弓取り式を待ち、庄之助に声をかける。

この日だけではなかった、宮城野親方の優しさ。力士と行司、立場は違えど最高位の孤独を知る者同士。

そんな思いも込めて見ると、じんわり心に染みる1枚の写真だ。

王鵬は骨折していた

■14日目、支度部屋での王鵬

秋場所7日目。西前頭2枚目の王鵬は、関脇阿炎に突き落としで勝った。

取組中に相手の頭を2、3度、顔面で受け、右目あたりを負傷した。

阿炎を突き落としで破った王鵬(右)は取組直後に右ほおを押さえる(撮影・小沢裕)

阿炎を突き落としで破った王鵬(右)は取組直後に右ほおを押さえる(撮影・小沢裕)

取組直後から右目付近が猛烈に腫れ上がり始め、勝ち残りとなった控えに座る時には、視野が狭くなるほどだった。

大相撲中継を見ていた人たちからは、心配する声がSNSに多く投稿された。

眼窩底骨折が疑われたが、王鵬は翌日以降も出場を続けた。結局、自己最高位で9勝6敗と大健闘した。

この写真は、14日目の取組を終えた後の支度部屋で撮影された。

右目の下に傷は残っているものの、腫れは収まっている。

千秋楽まで相撲を取りきったので、ケガは大丈夫なのだろうと勝手に思っていた。

驚異的な回復に「若いってすごい」などと脳天気に考えていた。

しかし、本場所後、王鵬の秋巡業休場が発表された。嫌な予感がした。

大嶽親方(元十両大竜)に問い合わせると、王鵬は「眼窩底骨折」だった。

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スポーツ

佐々木一郎Ichiro Sasaki

Chiba

1996年入社。2023年11月から、日刊スポーツ・プレミアムの3代目編集長。これまでオリンピック、サッカー、大相撲などの取材を担当してきました。 X(旧ツイッター)のアカウント@ichiro_SUMOで、大相撲情報を発信中。著書に「稽古場物語」「関取になれなかった男たち」(いずれもベースボール・マガジン社)があります。