【イチロー大相撲〈43〉】「プライドを捨てなきゃ。裏方なんだから」退職した花ノ国の信念

日本相撲協会の若者頭(わかいものがしら)花ノ国(芝田山)が、10月15日に65歳の誕生日を迎え、定年退職した。

現役時代は、前頭筆頭まで番付を上げたが、親方にはなれず、裏方に徹した。

現役時代、横綱輪島の付け人を務めた。関取になってから金星を挙げ、敢闘賞も受賞した。

最後の大仕事は、秋場所で優勝した大の里から賜杯を受け取るなど、千秋楽での表彰サポートだった。

番付社会を生き抜いた約50年の相撲人生を振り返ってもらった。

大相撲

◆花ノ国明宏(はなのくに・あきひろ)本名・野口明宏。1959年(昭和34)10月15日生まれ、大阪府藤井寺市出身。中学卒業時に花籠部屋に入門し、1975年春場所初土俵。同期は若嶋津、霧島(現在の陸奥親方)、太寿山(現在の花籠親方)ら。1983年夏場祖新十両、1985年に放駒部屋へ転籍。1988年春場所新入幕、最高位は東前頭筆頭。三賞は敢闘賞1回、金星1個。1994年秋場所限りで引退し、若者頭となった。通算605勝593敗21休。熱狂的な阪神タイガースのファンで、球団関係者に知り合いも多い。

大の里とかわした言葉

国技館を埋めた観客のほとんどは、主役の横にいる男のことを気にとめていなかったかもしれない。

秋場所で優勝した大の里の表彰式。そっと寄り添っていた花ノ国は、これが最後の本場所だった。

大相撲秋場所の表彰式で、大の里(左)と言葉を交わす若者頭の花ノ国(2024年9月22日撮影)

大相撲秋場所の表彰式で、大の里(左)と言葉を交わす若者頭の花ノ国(2024年9月22日撮影)

表彰式の進行を土俵下からつかさどる。優勝賜杯や盾など、次々に手渡される記念の品々を大の里から受け取り、裏方としてサポートした。

途中、大の里が柔らかな表情で話しかけてきた。

「もう最後ですね…、三賞をいただくのは…」

「そうだな」

少し言葉をかわしていたが、もう忘れたという。

表彰式で大の里(左)から優勝賜杯を預かる若者頭の花ノ国(2024年9月22日撮影)

表彰式で大の里(左)から優勝賜杯を預かる若者頭の花ノ国(2024年9月22日撮影)

若者頭は千秋楽の時点で7人。優勝力士と同じ一門の若者頭が、千秋楽の介添えを務める。

秋場所はつまり、大の里が花ノ国の花道を飾るかたちになった。

花ノ国には秋場所後、話を聞く機会を設けてもらった。

東前頭筆頭、幕内在位24場所

待ち合わせ場所は、花ノ国の自宅近く、JR西荻窪駅そばのコメダ珈琲になった。

本人のコメントを紹介する前に、「若者頭」について説明したい。

「わかいものがしら」と読み、角界では通称「カシラ」と呼ばれる。主に十両、幕下で現役を引退した後、協会に採用される。定員は8人以内で、若い衆(関取未満の力士養成員)の監督・指導にあたる。表彰の連絡、進行のほか、前相撲や出世披露の指導・進行も担当する。土俵でけが人が出た時、大型の車いすを押して出てくるのもカシラの役目だ。NHK大相撲中継では、幕下以下の解説も行う。

若者頭


伊予櫻高砂十両11枚目
福ノ里音羽山十両13枚目
花ノ国※退職芝田山前頭筆頭
前進山高田川十両2枚目
栃乃藤春日野前頭11枚目
虎伏山春日野幕下2枚目
琴裕将佐渡ケ嶽十両13枚目
秋場所千秋楽、表彰式の進行をサポートする花ノ国(左)(2024年9月22日撮影)

秋場所千秋楽、表彰式の進行をサポートする花ノ国(左)(2024年9月22日撮影)

つまりは、裏方。給料は親方や関取に比べると、明らかに少ない。

花ノ国は東前頭筆頭まで上がり、幕内在位24場所、関取在位50場所。親方として残れる条件は十分満たしていた。

現在、103人の親方のうち、最高位が花ノ国より下は38人いる。

もちろん、年寄名跡取得にあたり、番付ありきで決まるわけではない。

番付社会にあって、どのようにカシラとしての自分を納得させ、裏方として生き抜けたのか。それを聞きたかった。

「オレ、それはできなかったんだよ」

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スポーツ

佐々木一郎Ichiro Sasaki

Chiba

1996年入社。2023年11月から、日刊スポーツ・プレミアムの3代目編集長。これまでオリンピック、サッカー、大相撲などの取材を担当してきました。 X(旧ツイッター)のアカウント@ichiro_SUMOで、大相撲情報を発信中。著書に「稽古場物語」「関取になれなかった男たち」(いずれもベースボール・マガジン社)があります。