【イチロー大相撲〈49〉】千代の海が高校の先生になる理由 第2の人生への考え方

元十両千代の海の濱町明太郎さん(31)が、10月から東京都立農産高校の保健体育の先生になりました。

同高に相撲部はありません。それでもなぜ、教員になりたいのか。濱町さんの考えは、力士のセカンドキャリアや、日本体育大学の後輩たちの今後にも及んでいました。

大相撲

◆濱町明太郎(はままち・めいたろう)1993年(平成5年)1月11日生まれ、高知・黒潮町出身。宿毛高から日体大に進み、4年時の全国学生選手権で団体優勝。卒業後、元横綱千代の富士の九重部屋に入門し、本名の「濱町」で2015年夏場所初土俵。序ノ口、序二段を連続優勝し、同年九州場所から「千代の海」に改名。翌2016年初場所は三段目優勝。2018年名古屋場所で新十両に昇進。最高位は西十両8枚目。2024年夏場所を最後に引退した。十両在位15場所。現役時代は181センチ、136キロ。

生徒たちと写真に収まる濱町先生(中央)

生徒たちと写真に収まる濱町先生(中央)

聞かれる側から話す側へ

11月上旬、元千代の海の濱町先生が着任した都立農産高校で話を聞いた。

最寄りのJR常磐線亀有駅から徒歩15分。駅前には「両さん」こと、漫画「こちら葛飾区亀有公園前派出所」の主人公「両津勘吉」の像があちこちにあった。

JR亀有駅前にある両津勘吉像

JR亀有駅前にある両津勘吉像

駅前から、落ち着いた住宅地に入ると、農産高が見えてくる。取材の窓口になってくれた副校長の金子雄先生に挨拶すると、取材場所の校長室へ案内してくれた。

校長室前の廊下では、濱町先生と生徒が立ち話をしていた。赴任してからまだ1カ月と少しだが、早くもなじんでいるようだ。

校長の平栁伸幸先生とも名刺交換するし、濱町先生へのインタビューを始めた。

都立農産高の外観

都立農産高の外観

―ちょっとやせましたか

めっちゃ減りました。20キロ減りました。

―今は何キロぐらいですか

今、120ですね。年内で100キロは切りたいです。保健の授業で「もし先週より太ってたら言ってね」とか言ってます。そうすると生徒が授業の最初に「先生やせた?」とか聞いてくれて、モチベーションにしています。

―今年10月から農産高に着任されました。新しい生活は、慣れましたか

慣れはしましたけど、やっぱし全く違う環境なんで…。

―今、生活のリズムはどういう感じですか

週4回、朝起きて学校きてって感じですね。保健が週3時間で、あとは体育、週に9コマの授業です。

―部活は受け持たれていない

はい。

―授業は実際にやってみてどういうところが難しいですか

今まで自分が接してきた方々は、佐々木さんもそうですけど、年上の方が多かったんです。向こうが話しかけてくれて、しゃべる。今は逆で、僕が話を振って反応してもらうんで、大人と子供だったのが逆になった感じです。こっちが思ってる反応が来なかったり、1対1ではなく1対30とかなんで、生徒全員と関わりは持てない。(授業の)1時間のうちに全員と話したりできない中で、指導していただいている(研修担当の)庄司先生からも言われるのが、「お金を払ってもらって授業してるんだから、自分の舞台で寝られちゃ負けだよ」って。(相撲の)稽古をしている時に、稽古見学に来て寝てしまう方もいるじゃないですか。あれって結局、僕たちの稽古が面白くないから、迫力がないからなんです。本当にピンって空気を張り詰めてる時って、知らない人でも見入ってしまう稽古とか取組ってあるじゃないですか。全然形は違うんですけど、そういうことなんだなって思いながらやっています。そこは難しいです。

―取材される側は受け身ですよね

聞いてくれたことを答える。聞かれることって、ある程度は想定できるじゃないですか。場所前なら「調子どうですか」とか「先場所、ケガがありましたが、どうですか」とか、答えはある程度できてるんですけど、授業の形ややり方は、こういうことをやってくださいというのはあるんですが、人それぞれなんです。

九重部屋への入門が決まり、九重親方(元横綱千代の富士)と握手する日体大卒の濱町明太郎(右)(2015年4月15日撮影)

九重部屋への入門が決まり、九重親方(元横綱千代の富士)と握手する日体大卒の濱町明太郎(右)(2015年4月15日撮影)

新十両昇進の会見で九重親方(元大関千代大海)と握手する千代の海(左)(2018年5月30日撮影)

新十両昇進の会見で九重親方(元大関千代大海)と握手する千代の海(左)(2018年5月30日撮影)

―高校生たちには、力士だった時のことは聞かれますか

聞かれますね。さっき話してた子には、先生っていうより「千代の海」って言われるんで(笑い)。

―わかりやすいですね

廊下とかですれ違って、「YouTubeで先生の取組見たよ」とかも言ってくれる生徒もいます。「勝ってた?」って聞いたら、「いや、見たやつ全部負けてた」とか、「勝ってるやつ見てくれよ」みたいな。

体育の授業ではなかなか話すことないんですけど。保健の授業では相撲界のこととか、自分が経験したことを伝えることもあります。うちの部屋がテレビ出てるので「日曜日、先生の部屋がテレビ出てた」とも言ってくれる。それで相撲に興味もってもらえて、ファンになったり、もしかしたら、やりたいっていうこともあるかもしれないです。体育の時間で外の時とかは「先生ちょっと押させてください」という子たちもいます。お相撲さんだったっていうのが、そこでは生きてるのかもしれません。

翔猿(左)を押し出しで破る千代の海(2019年1月20日撮影)

翔猿(左)を押し出しで破る千代の海(2019年1月20日撮影)

―外での体育の授業は、今の時期はどういうことをやっていますか

サッカーですね。あと、バスケとテニスです。

なぜ教員を目指したのか

―引退発表が6月で、7月には教員採用試験がありました。どのように準備されましたか

準備はする暇もなかったんです。実は、まだ受かってなくって、今回は学校に空きが出たってので、臨時で採用してもらっています。

―どういうことですか

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スポーツ

佐々木一郎Ichiro Sasaki

Chiba

1996年入社。2023年11月から、日刊スポーツ・プレミアムの3代目編集長。これまでオリンピック、サッカー、大相撲などの取材を担当してきました。 X(旧ツイッター)のアカウント@ichiro_SUMOで、大相撲情報を発信中。著書に「稽古場物語」「関取になれなかった男たち」(いずれもベースボール・マガジン社)があります。