【イチロー大相撲〈37〉】有名アニメの聖地巡礼をした隆の勝と明生/夏巡業小話

2024年の夏巡業は、8月4日から25日まで19日間、17カ所で行われた。

暑く、移動距離が長く、過酷だった日々。力士、親方らから、巡業中のとっておきエピソードを聞いた。

厳選して、お届けします。

大相撲

この記事に登場する人たち

力士=平戸海、隆の勝、王鵬、湘南乃海、明生、佐田の海、錦木、島津海、北大地、琴翼

呼び出し=次郎、重夫、大将

城南太田場所の会場内に貼られていた顔ぶれ(2024年8月23日撮影)

城南太田場所の会場内に貼られていた顔ぶれ(2024年8月23日撮影)

あるベテランの裏方さんは、疲れた顔をしていた。

「今まで何年も巡業に出たけど、今回は一番移動がきつかったかもしれないですね。あと3日。ゴールが見えてきました」

取材にうかがったのは8月23日、東京・大田区の日本工学院アリーナで行われた「大相撲城南大田場所」。

ぼやいていた某ベテランは、こう続けた。

「移動の時間を計算したやつがいたんですよ。合計したらすごい数字が出て、『これならニューヨークまで行けた』って。笑ってました」

調べてみたら、確かに過酷な巡業ロードだった。

名古屋場所千秋楽は7月28日。5日間の場所休みを終え、夏巡業への移動が始まったのは、8月3日。

以降は、次の表のとおり、一行は各地を回った。


日にち区間想定時間
3ドルフィンズアリーナ→佐久市バス5時間20分
4佐久市→砺波市バス4時間50分
5砺波市→岐阜市バス3時間40分
6岐阜市→藤枝市バス4時間
7藤枝市→立川市バス4時間20分
8立川市→日立市バス4時間30分
9日立市→いわき市バス1時間45分
10いわき市→尾花沢市バス5時間
11尾花沢市→仙台市バス2時間20分
12移動なし
13仙台市→花巻市バス3時間30分
14花巻市→青森市バス4時間30分
15青森市→函館市バス1時間+はやぶさ1時間+バス50分
16函館市→札幌市バス6時間20分
17移動なし
18札幌市→函館市バス6時間20分
19休養日
20函館市→つがる市バス50分+はやぶさ1時間+バス1時間15分
21つがる市→福島市バス7時間30分
22福島市→大田区バス5時間40分
23大田区→座間市バス2時間20分
24座間市→横須賀市バス2時間
25横須賀市→国技館バス2時間10分
26番付発表

想定した移動時間は、長めに見積もってある。予定より遅れた場合、一部から不満の声が漏れることがあるための予防策なんだとか。

実際には、想定より早く着くことがほとんどだったそうだ。

額面通りに移動時間を合計すると、77時間を超える。仮に1度の移動ごとに1時間早く着いたとしても56時間はかかる。ニューヨークへの直行便なら、単純計算で2往復はできる。

時間だけでなく、ほとんどがバス移動だったことも、より過酷になった一因だ。

別の協会員は、こう説明してくれた。

「バスの方が安くあがる。新幹線を使うと早いかもしれませんが、到着した駅からタクシーで宿舎に向かうと、さらにカネがかかる。経費を考えると、しょうがないんですよ」

バスの場合、関取になれば、2席を1人で使うことができる。一般的に乗り降りが楽な前方座席は、番付上位の力士が陣取る。

照ノ富士の場合、膝の持病を抱えるため、バスの最後列1列を独占して、体の負担を少しでも軽減するケースがあったそうだ。

若い衆は、席に余裕がなければ1人1席。補助席をあてがわれることもある。

ある若い衆は「補助席のレバーのところが、ケツに刺さるんですよ」と苦笑いしていた。

早く出世して、広々とした席で移動できるようになりますように…。これも番付社会の厳しさだ。

移動は大変だったかもしれないが、巡業は力士らにとって大事な仕事の1つ。

各地で待っているファンのため、大相撲の普及のため、みんなが体力を振り絞って巡業に臨んでいた。

だらだら取材するのは良くないので、あえて限定して質問させてもらった。

(1)今年の夏巡業で、うれしかったこと、楽しかったこと、つらかったこと、印象に残っていること

(2)最高においしかった食べ物

(3)すべらない話

(4)長時間移動中にやっていること

隆の勝がコナンに目覚めたきっかけ

―隆の勝関、何かありますか

隆の勝「え~、何もないっすよ」

―移動は大変だと思いますが、どうやって過ごしていますか

隆の勝「映画を見ることくらいです。Netflixで、コナンの映画を5作品くらい一気に見ていて…」

―名探偵コナンは、良く見てるんですか

隆の勝「今まであんまり見たことがなくて。今回の映画(上映中の劇場版「名探偵コナン100万ドルの五綾星(みちしるべ)」)もまだ見てないんですけど、明生が、それを見ていて。休養日にそのコナンの舞台、聖地巡礼ですかね。ヒマだったから、明生に付き合いました」

―上映中の作品は、函館が舞台ですからね。映画を見たくなったんじゃないですか

隆の勝「見に行きたいですね。これまでも2作品くらいは見たことがあって」

ハードな巡業日程だが、移動がない日もわずかながらある。こんな時くらい、好きなことをやってリラックスするのもOKだ。

というわけで、明生関にも事情を聴きに行った。

明生が函館で聖地巡礼

―明生関、コナンの聖地巡礼のこと教えてください

明生「ヒマだったんで。休みだったんで、行ってきました。映画も見ていたんで」

―聖地巡礼はよくするんですか

明生「聖地巡礼はないかな」

―函館のロケ地はいかがでしたか

明生「やっぱすごい。アニメなんですけど、風景通り。すごいきれいで、映画もすごい」

―隆の勝関は、明生関のおかげでコナンに興味を持って、一気に5作品見たそうです

明生「オレのおかげっすね。コナンって面白いじゃないですか」

―ほかの作品も見てるんですか

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スポーツ

佐々木一郎Ichiro Sasaki

Chiba

1996年入社。2023年11月から、日刊スポーツ・プレミアムの3代目編集長。これまでオリンピック、サッカー、大相撲などの取材を担当してきました。 X(旧ツイッター)のアカウント@ichiro_SUMOで、大相撲情報を発信中。著書に「稽古場物語」「関取になれなかった男たち」(いずれもベースボール・マガジン社)があります。