【イチロー大相撲〈25〉】横綱北の富士引退から50年〈1〉突然の引退、型破りの断髪式
第52代横綱北の富士が引退してから、今年で50年になる。
この節目に、日刊スポーツの過去の記事や写真で、当時の北の富士さんを3回にわけて振り返る。
北の富士さんにスカウトされて角界入りした三役呼び出し重夫(58=九重)には、よく知る師匠の素顔や近況についてコメントしてもらった。
1回目は、北の富士さんの「突然の引退、独立、型破りの断髪式」。
大相撲
「元気みたいですよ」
夏場所13日目。国技館の西支度部屋近くにある呼び出しの控え室を訪ねた。
番付上位の呼び出しが忙しくならない時間帯を狙って、重夫に取材をお願いした。
重夫は15歳の時、北の富士さんに誘われて呼び出しになった。師弟として、あれから40年以上の付き合いになる。
北の富士さんは、昨年春場所からNHK大相撲中継の解説を1年以上も休場中。体調を心配しつつ、復帰を待ち望んでいるファンも多い。
北の富士さんは元気にしていらっしゃるのか? 近況を聞いてみた。
「(八角部屋の)若い衆に聞くんですけど、たまに(北の富士さんの自宅に)行ってるみたいです。元気みたいですよ。普通にしゃべっているそうです。親方の性格的には、(テレビの解説で)年を取ったところを見せたくないんじゃないかなあ」
ひとまず一安心しつつ、本題について聞いた。
50年前の北の富士引退時の新聞のコピーを見てもらう。1974年7月9日付、日刊スポーツは1面で報じている。
記事に添えられた写真の説明文には「”今のうちは笑ってやめられる”とさわやかな笑顔で引退を発表する北の富士」とある。
引退会見でも涙を流さず、しんみりとはしない。実に北の富士さんらしいエピソード。
対照的に、北の富士さんの弟子、横綱千代の富士は涙の引退会見だった。
「体力の限界…」
ここまで言って、言葉を詰まらせた場面は、あまりに有名だ。
当時25歳になっていた重夫は、千代の富士引退会見の場にいた。
「千代の富士関の引退会見の時のことは、よく覚えています。(鈴木)宗男さん、横綱、親方が並んでいたでしょう。部屋の大広間の横、カメラから見切れるところに立って、聞いていました」
まずは、北の富士引退を報じた日刊スポーツの記事を紹介したい(表記はすべて、当時のままにしています)。
1974年7月9日付の日刊スポーツ
【名古屋】場所前の琴桜についで北の富士も引退した。東張出横綱北の富士(本名竹澤勝昭、三十二歳、北海道・旭川出身、九重部屋)は名古屋場所二日目(八日)の打ち出し後、市内西区五平蔵町の宿舎興西寺で師匠の九重親方と相談した結果、体力の限界を理由に引退を発表した。九重親方はただちに春日野理事長にそのむねを報告した。
現役最古参の北の富士は、今年に入って三場所連続休場。この場所にすべてをかけたが、初日から二連敗して引退を決意した今後は年寄「振分」を襲名(将来は井筒に変更するもよう)分家独立して後進の指導育成に当たる。なお一場所で横綱二人が引退したのは三十三年初場所の吉葉山、鏡里以来である。
「横綱の引退発表は、涙まじりの湿っぽいものだが、あなたは幸せだね。カラッとしていて」そんな問いかけに、北の富士は一瞬だけだが、寂しい笑いを浮かべた。「それはいわんでください。そうならないために思い切ったのだから……」名古屋市西区五平蔵町の九重部屋の宿舎興西寺に詰めかけた大勢の報道陣。その前で北の富士はときには大声で笑いをまじえ”現代っ子””風来坊”と呼ばれたこともある明るい北の富士にふさわしい引退発表。
「あきっぽい性格の俺がよく十八年間も相撲を取りつづけたものだ。十分やれたと思うし悔いはない」ときっぱり言い切る。実績があればこそ晴れやかな気持ちで土俵を去ることが出来たのだろう。報道陣のインタビューに終始にこやかな目を向けるその柔らかな輝きに、優勝十回(史上三位)の落ち着きがあった。
全力を尽くしたが実らず、大受に破れて引退を発表するまでの一時間、九重部屋はあわただしく動いた。本堂の周りでガックリ肩を落とす若手力士。次々にかかる電話の応対に忙しい親方。落ち着いていたのは北の富士ただ一人。
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1996年入社。2023年11月から、日刊スポーツ・プレミアムの3代目編集長。これまでオリンピック、サッカー、大相撲などの取材を担当してきました。 X(旧ツイッター)のアカウント@ichiro_SUMOで、大相撲情報を発信中。著書に「稽古場物語」「関取になれなかった男たち」(いずれもベースボール・マガジン社)があります。
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