オフシーズンは野球普及を目的とした体験型の野球イベントが盛んに行われているが、高校生たちが自ら考え、子どもたちに歩みよる野球普及活動が全国で増えている。日本高野連が掲げる「高校野球200年構想」。「次の100年」につなげる選手たちの活動を前・後編でレポートする。前編は農業高校の特性を生かした、宮城・加美農の取り組み。

今年1月、加美農が東北高とコラボして「食」をからめた野球体験会を実施した
今年1月、加美農が東北高とコラボして「食」をからめた野球体験会を実施した

■選手自身が気づいた、園児との“最適”コミュニケーション

野球だけでなく選手が作った食材でも参加者を楽しませる催しが1月下旬、宮城県立加美農業高校の体育館で行われた。

「加美農業&東北高校 KAMINOベースボールフェスタ ~未来へ繋がるスポーツイベント~」という名の体験会は2023年1月に加美農が東北高の野球部と合同で始め、この日が3回目となった。第1回は60人だった参加者は回を追うごとに増え、この日は未就学児童約60人、小学生約30人、合計90人が参加。選手たちが考えた体験メニューは、技術指導がほとんどなく、野球経験の有無に関係なくボールに触れて遊ぶ「野球あそび」がメインだった。

そこはまるで保育園の庭園のような光景。園児たちはストラックアウトや、わなげ、バスケットやドッジボールなど体を動かす遊びに大盛り上がり。アニメキャラクターの「的」にめがけてプラスチック製のボールを投げるコーナーは特に大人気で「投げてぶつける」という動作に夢中だった。4歳男児にボールの投げ方を教えた加美農1年の鎌田翔乃介選手は「まず笑顔で話しかけて、子どもの目を見て何に興味があるかを探りました。『ドラえもんのところで遊びたいの?』と聞いたら『ウン』とうなづいたので、連れて行って一緒に遊びました」。口でまだ説明ができない園児とのコミュニケーションは「同じ目線になって、しゃがんで話す」がポイントだと言う。相手の気持ちになって行動することを学んだ。

園児の好奇心を探りながら、ボールを使った遊びを一緒に楽しむ野球部の選手
園児の好奇心を探りながら、ボールを使った遊びを一緒に楽しむ野球部の選手

■「ママ~」としがみついていた園児が…

園児の保護者(母)に話を聞いた。「最初は『ママ~』と側から離れなかったけど、お兄さんたちと遊ぶうちにこちらを気にせず夢中で遊んでいました」。以前、仙台市内のバスケットの体験会にも参加したそうで「野球は正直、サポートが大変そうですよね」と本心を口にする。「でも最終的には子どもがやりたいと思うものを応援したい」と話していた。プロスポーツチームの多い仙台では、バスケットやサッカーなど様々な競技で普及活動が催されており、保護者が子どもの興味関心で「選ぶ」時代へと変わってきている。その選択肢の1つに入れてもらおうと、多くの野球団体も子ども向けの体験イベントを開催するようになっている。

かつて子ども向け野球塾で20年以上指導した東北高・佐藤洋監督は言う。

「野球って聞くとお茶当番などのネガティブな情報のほうが広がってしまって『親が嫌がるスポーツ』になっています。本来の『野球は楽しい』という原点に返ることが大事。こういう場では、大人が一切口出しをしないで教えるほうも教わるほうも、子どもたちに任せればいいんです。ほら、みんな楽しそうでしょ?」。

東北高・早坂琉汰選手の父・早坂隆弘さんは「息子は今回、自分で立候補して参加したようです。『こういう機会は自分も学ぶものがある』と話していました。家では見せない一面を今日は見せてもらった気がします」と目を細めた。

たっぷり遊んだあとは、高校生と一緒に校内で収穫したもち米を使って餅つきを楽しんだ
たっぷり遊んだあとは、高校生と一緒に校内で収穫したもち米を使って餅つきを楽しんだ

■「食」を生かした野球教室

 お昼も「お楽しみ」が待っていた。園児たちは会館に移動して、選手と一緒に餅つきを楽しんだ。ついた餅は、あんこ・ずんだ・なっとうなど、好きな具材を乗せて口の中へ。加美農の農園で収穫した野菜や豚肉を使ったちゃんこ汁もふるまわれ、おなかもいっぱいに満たされた。加美農・佐伯友也監督は「子どもたちに五感で『楽しい!』を感じてもらいたかった。前回の参加者がその後、学童チームに入って今日また参加してくれたりと、リピーターがいることが何よりうれしい。加美農には高校から野球を始めた選手もいるので『誰でもできるよ』ということを伝えたい」。

 校内の農園を見学して乳牛ともふれあい「おいしかった」を連発した園児たち。後日届いた保護者(父)の感想の中に「『お兄ちゃんと遊んで楽しかったな~』と話していて、帰りの車は熟睡でした。今度は『お兄ちゃんの応援に行く!』と言って春の大会を楽しみにしています」の声があった。地域の「ファンづくり」にもつながっているようだ。

佐伯監督は2月にも1987年に生まれた全国の同級生指導者による「昭和62年会」の野球教室を開催。元日南学園・佐々木啓太コーチ、聖光学院・堺了コーチら20人が集まり、継続的な野球普及を誓った。

学童チームに所属している30代の保護者(母)はこんな話もしていた。「WBCを見て小2の息子が急に野球がやりたいと言い始めたんです。さっそく地元チームに入ったら、ものすごくハマっちゃって。ヌートバー選手をイメージして毎日素振りをやっています。子どもの好奇心はいつどんなきっかけで動き出すかわからないですね」。習いごとの選択肢が増えているいま、その「きっかけ」の1つになればいいと、選手たちは願っている。農業高校の強みである「食」を生かした野球教室は、今後も定期的に続けていく予定だ。【樫本ゆき】

3回目を終えた加美農の佐伯友也監督は「『お餅がおいしかった』の記憶だけでも残れば大成功です」と話した
3回目を終えた加美農の佐伯友也監督は「『お餅がおいしかった』の記憶だけでも残れば大成功です」と話した

<宮城県立加美農業高校>

齊藤太郎部長、佐伯友也監督。部員数17人(2年=8人、1年=8人、女子マネ=1人)。東京ドーム17個ぶんのキャンパスは全国2位の広さ。農業機械科が「アグリテック甲子園2023」で最優秀賞を受賞した。「野球普及活動は種まきのようなもの。種を蒔かなければ花は咲かない」(佐伯友也監督)

選手たちも公立私立の垣根を越え、野球部の話や学校生活の雑談をして交流を深めた
選手たちも公立私立の垣根を越え、野球部の話や学校生活の雑談をして交流を深めた