「ずっとこれがやりたかった」柚木心結、願いがかなった全日本
柚木心結(18=アイススターFSC)が、「みゆスティン」となって帰ってきました。フィギュアスケートの全日本選手権(12月20~23日、大阪・東和薬品RACTABドーム)に、トリスティン・テイラー(22=カナダ)と出場。前パートナーとのペア解消後はパートナー探しに苦戦していましたが、信頼できるカナダ人選手とともに、再びペアの世界で躍動します。
葛藤した2年間、そして、復帰後国内初戦だった西日本選手権を振り返りながら、その舞台裏を「Ice Story(アイストーリー)」としてお届けします。(敬称略)
フィギュア
夢に見た全日本の景色
テイラーの頭上から会場を見渡す。「ああ、この景色」。青色に着飾った東和薬品RACTABドームは、360度びっしりと観客が埋め尽くしている。その数、およそ5000人。国内一の大舞台に立った柚木のほおは、桃色に染まっていた。幸せそうな、そして、少しだけ不安そうな2人の笑顔が銀盤に咲く。その周りを、温度のある柔らかな拍手が包み込んでいた。
技を終えるごとにうなずきあい、呼吸を合わせる2人の空気感が、独特の緊張感漂う会場を和らげているようだった。
涙の復帰
私が「みゆスティン」を初めて見たのは、11月初旬、愛知で開催された西日本選手権だった。エントリー表を眺め、どの選手の演技を見て、どの選手に取材できるか…。パズルを組み合わせるようにシミュレーションしているときに「ゆなすみ」、そしてジュニアの「さえルカ」のほかにもう1組名前が記されていることに気づいた。それが、そのときはまだ愛称のない、柚木、テイラー組だった。
あのときも、会場に穏やかな空気が流れていたことをよく覚えている。
肩を大きく上下させて、深呼吸をする柚木。そして、その肩に優しく左手をかけるテイラー。シックな衣装に身を包んだ2人が、静かに一歩を踏み出す。繊細で、それでいて後半にかけてドラマチックに盛り上がるショートプログラム。初めて見る2人の演技に、自然と前傾姿勢になっている自分がいた。
ツイストリフトに始まり、横並びで跳ぶ3回転トーループを実施。そして、スロー3回転サルコーを降りると、観客席からは「フー!」という歓声が上がり、その瞬間、満杯になったコップから一気に外へこぼれ落ちるように、一斉に拍手が沸き起こった。結成わずか3カ月あまりとは思えない、表情豊かな演技。柚木は曲が鳴りやむやいなや、相棒の元へ駆け寄ってその胸に顔を埋めた。目元には涙がキラリと光っていた。「おかえりー!」、「ありがとうー!」。そんな観客からのダイレクトな愛情もまた、彼女の心を震わせたようだった。
「すごく楽しんで滑ることができました。もう演技の後半になると…。この2年間いろんなことがあったので。もちろんいいこともあったけど、辛いことの方が多くて。最後のステップとか特にいろいろ込み上げてきちゃって、終わった後は泣いてしまったんですけど、本当に戻って来れてよかったって。本当にたくさんの方が支えてくれたので、感謝の気持ちとうれしさでいっぱいです」
そして「妹がつけてくれたのは…」と、愛称が「みゆスティン」であることを教えてくれた。
鬱屈(うっくつ)した思いを抱えていたおよそ2年間は「壊れてしまいそう」と、まともにほかのペアの試合を見ることができなかったという。
弾けるような笑顔で「辛かった」と語る彼女を見ていると、胸が締め付けられるような思いがした。
結成のきっかけは…「奇跡」
結成できたことは「奇跡」。柚木は、そんなロマンチックな言葉を差し出し、回想し始めた。
柚木はかつて、市橋翔哉とペアを組んでいた。「みゆしょー」の愛称で親しまれ、21年全日本選手権にはペアで唯一出場。注目を集めていたが、結成からおよそ1年が経った22年秋、ペアを解消することとなった。2人はそれぞれSNSで発表。市橋は競技から離れることを伝えた一方で、柚木は「これからもペア選手として頑張っていきたいです。スケーターとしての自分を磨きながら、パートナー探しから始めたいと思います」と記した。
「リフトをしてもらったときの景色が忘れられないから」。だから、もう一度ペアで頑張ろうとパートナー探しに気持ちが向いていた。
それからだった。空白の時代が始まったのはー。
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大阪府泉大津市出身。2022年4月入社。
マスコミ就職を目指して大学で上京するも、卒業後、大阪に舞い戻る。同年5月からスポーツ、芸能などを取材。
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