【イチロー大相撲〈51〉】元徳勝龍の千田川親方が語る「花のロクイチ組」

稀勢の里、豪栄道、栃煌山、妙義龍…。昭和61年度生まれは逸材がそろい、「花のロクイチ組」と呼ばれています。

花のロクイチ組も、現役の関取は宝富士だけとなりました。

現在、日本相撲協会に在籍する関取経験者のロクイチ組は11人。そのうちの1人、2月1日に引退相撲を控える元幕内徳勝龍の千田川親方に聞きました。

それぞれを漢字2文字に例えると何になりますか?

大相撲

◆千田川誠(せんだがわ・まこと)本名・青木誠。1986年(昭和61年)8月22日生まれ、奈良市出身。小4から相撲を始め、高知・明徳義塾高へ相撲留学。近畿大学では5つのタイトルを獲得。大学卒業前の2009年初場所、木瀬部屋から初土俵を踏んだ。2011年初場所から、「徳勝龍」に改名。2011年九州場所新十両、2013年名古屋場所新入幕。西前頭17枚目の幕尻だった2020年初場所で幕内優勝を果たした。最高位は西前頭2枚目。2023年秋場所を最後に引退。年寄「千田川」を襲名した。現役時代は183センチ、192キロ。金星1個(鶴竜)。三賞は殊勲賞1回、敢闘賞1回。

2月1日に引退相撲

「花のロクイチ組」は、2024年に大きく動いた。関脇を経験した妙義龍と碧山が秋場所を最後に引退。ともに親方になった。

臥牙丸、荒鷲、皇風、魁は日本相撲協会に残っていない。関取を経験し、今も現役を務めているのは宝富士、北磻磨、鳰の湖の3人だけとなった。

ロクイチ組は、個性派ぞろいだ。入門の経緯も中卒たたき上げから大卒までさまざま。そんなロクイチについて、交友が広い元徳勝龍の千田川親方に聞いた。

千田川親方は現在、2月1日に「徳勝龍引退千田川襲名披露大相撲」を控え、準備に追われている。

引退相撲をPRする元徳勝龍の千田川親方

引退相撲をPRする元徳勝龍の千田川親方

―引退相撲の準備状況はいかがですか

すでにチケットは売り出していて、グッズの準備も進めています。

―9月の秋場所中、実際に国技館でチケットを売ってみてどうでした

自分の断髪式なんで、直で来てくださる方が買ってくれるのは、やっぱりうれしいですよね。

―チラシ、ポスターは優勝賜杯を抱いている写真です。幕内優勝のことを言われることは多いですか。

みんな、優勝しましたよねって言ってくれるんで。これまでのポスターの写真は、塩まいてるとことか、仕切ってるとことか、結構かっこいい写真が結構多かったんですけど、自分はなんか、かっこつけるタイプじゃないんで、この笑ってるのが自分らしくていいんかなと思っています。

―仕切りの写真も候補だったんですか

あったんすけど、なんか自分の中でもしっくりしないっていうか、なんか似合わねえなと思いながら。仕切ってる時は、そんな意識はないんですけど。自分はもうそういうキャラじゃないんで、自分らしく、笑ってるのでいきたいなと思って。

―優勝した人しか使えないですからね

あんまりないらしいですね。賜杯を抱いているのは。

―他の引退相撲で参考にしたところはありますか

隠岐の海さんとか。それぞれ考えてやってるなと。

親方衆はみんな断髪式をやってるので、こういうところ良かったよとか、こういうところがもうちょっと改善した方がよかったとか言ってくれます。

28、38、そして61

【グラフィックス・大畠毅史】

【グラフィックス・大畠毅史】

―さて、花のロクイチ組のことをうかがいたいのですが…。「花のロクイチ組」と言われることについて、その1人としてはどう感じてらっしゃいますか

花のニッパチとかサンパチって、こんなにいました?

―それは調べてきました。「花のニッパチ組(昭和28年度生まれ)」は主に横綱北の湖、2代目若乃花、関脇麒麟児、金城、小結大錦。「花のサンパチ組(昭和38年度生まれ)」は主に横綱北勝海、双羽黒、大関小錦、関脇寺尾、琴ケ梅、小結孝乃富士らです

でもやっぱり61は多いじゃないですか。

―豪華でバラエティーに富んでいますね

その中に入れただけでも、うれしいですよね。昔から、28、38の中にメンバーがこういて、入ってるのはやっぱりすごいなっていうふうに見てたんで。61の中に入れただけでもほんとにうれしいことだと思います。個性豊かですね。

稀勢の里は「極志」

―ロクイチの出世頭は、稀勢の里関(二所ノ関親方)です。お二人はすごく手が合う感じですね。きっかけは何かあったんですか

巡業中に小野川親方(元北太樹)に誘っていただいて、当時(稀勢の里は)大関だったかな、「飲むからよかったらおいでよ」みたいな感じになって。そこで初めてメシに行って、飲ましてもらって、同い年ってこともありましたし、そこで意気投合っていうか。自分も子供の時、野球をやってましたし、(二所ノ関)親方も野球をやっていたので、そういう野球の話とかしました。結構、飯とか飲みとか一緒に行ってたんですけど、あんまり真剣な相撲の話ってほんとに1回、2回ぐらいしかしたことなくて。あとはもうどうでもいい、話ばかりしていました(笑い)。

―今は二所ノ関親方のことをなんて呼んでいますか

「横綱」っす。でもなんかみんな大体そうっすよね。現役中のしこ名で呼んだり。親方衆になっても、小野川親方のことも「太樹関」って言ってますし、なんか言いやすいんです。

山響部屋部屋開きで土俵入りを披露する横綱稀勢の里(中央)、太刀持ちの宇良(左)、露払いは徳勝龍(2017年6月4日撮影)

山響部屋部屋開きで土俵入りを披露する横綱稀勢の里(中央)、太刀持ちの宇良(左)、露払いは徳勝龍(2017年6月4日撮影)

―稀勢の里戦のことは覚えてますか

覚えてます。自分も左四つですけど、横綱は左差し十分なんで、もう絶対に差させないと。こっち(右)を固めていったんすよ。わって固めていって、当たった瞬間、もう差されてました。あーダメだと。

―立ち合いの圧力はどうでした

やっぱり硬いっていうか…。後々、そういう話もして聞いたら、自分が左四つで、こっち(左)から差すじゃないですか。こっち(右)を固めていくのは、逆じゃないですか。もうその時点で、逆なことしてるんで。その時点で負けてる。左四つで行くなら左四つで自信持っていかないと。左四つになったらダメだと思ってる時点でもうダメ。「うん、確かにな」と思いながら聞いていました。

徳勝龍(右)を寄り切りで下す稀勢の里(2015年5月20日撮影)

徳勝龍(右)を寄り切りで下す稀勢の里(2015年5月20日撮影)

―引退後に聞いた話ですか

(二所ノ関親方と)数少ない相撲の話をした時のことです。

―稀勢の里を漢字2文字に表すとどうなりますか

本文残り66% (4643文字/7044文字)

スポーツ

佐々木一郎Ichiro Sasaki

Chiba

1996年入社。2023年11月から、日刊スポーツ・プレミアムの3代目編集長。これまでオリンピック、サッカー、大相撲などの取材を担当してきました。 X(旧ツイッター)のアカウント@ichiro_SUMOで、大相撲情報を発信中。著書に「稽古場物語」「関取になれなかった男たち」(いずれもベースボール・マガジン社)があります。