「されて嫌なことはしない」王鵬が目指す人間像 「正しい努力」とは?

2025年の飛躍を目指す幕内力士、王鵬(24=大嶽)に話を聞きました。

横綱大鵬の孫、三男ながら出世頭、部屋で唯一の関取―。

あまりに背負うものが多いようにも見えますが、その心には信念がありました。

色紙にしたためた言葉は「正しい努力」。その真意を聞きました。

大相撲

◆王鵬幸之介(おうほう・こうのすけ)本名・納谷幸之介。2000年(平成12年)2月14日生まれ、東京都出身。父は元関脇貴闘力、母は横綱大鵬の三女・美絵子さん。長男はプロレスラーの納谷幸男、次男は納谷(最高位は西幕下40枚目)、四男は夢道鵬(最高位は西幕下12枚目)。埼玉栄高から大嶽部屋に入門し、2018年初場所初土俵。2021年初場所新十両、2022年初場所新入幕。最高位は東前頭筆頭。191センチ、180キロ。

今こそ、王鵬に取材したい

2024年12月のこと。新年最初の記事は、何を書こうか考えた。

現役力士のことを書きたかった。

2025年初場所の話題は、琴櫻と豊昇龍の綱とり。そこに、大の里が優勝争いにどう絡んでいくか。1人横綱が20場所目となる照ノ富士は復活なるか。

彼らの動向は多くのメディアに載る。

当欄だからこそ書けることはないか考えた。思い浮かんだのは、王鵬だった。

2025年は、王鵬にとって節目の年になる。

大鵬相撲記念館前の大鵬像と記念撮影する王鵬(2020年12月4日撮影)

大鵬相撲記念館前の大鵬像と記念撮影する王鵬(2020年12月4日撮影)

祖父の横綱大鵬は、1月19日が命日。今年は、初場所の中日にあたる。十三回忌でもある。

大鵬部屋出身の師匠、大嶽親方(元十両大竜)は、9月30日に65歳の定年を迎える。

2024年を振り返ってみても、王鵬には聞きたいことがたくさんあった。

2024年の6場所の成績は以下の通り。


場所番付成績
1月西前頭11枚目10勝5敗
3月東前頭3枚目7勝8敗
5月東前頭4枚目6勝9敗
7月西前頭6枚目9勝6敗
9月西前頭2枚目9勝6敗
11月東前頭筆頭6勝9敗

番付運の問題もあって新三役とはならなかったが、自己最高位を前頭3枚目→2枚目→筆頭と3度も更新した。

照ノ富士(右)を破り、初金星を挙げた王鵬(2024年3月14日撮影)

照ノ富士(右)を破り、初金星を挙げた王鵬(2024年3月14日撮影)

3月には横綱戦初挑戦で、照ノ富士から初金星を挙げた。年間通じて、三役以上を相手に14勝15敗。これは平幕トップの数字で、結びの一番に限れば5勝1敗だった。

貴景勝(右)は王鵬に敗れ、これが現役最後の一番となった(2024年9月9日撮影)

貴景勝(右)は王鵬に敗れ、これが現役最後の一番となった(2024年9月9日撮影)

9月には、かつて付け人についていた貴景勝に勝ち、引退を決断させた。11月には14勝1敗で優勝した琴櫻に、唯一の黒星をつけた。

2桁勝利も三賞もないが、地道に実力をつけている。

九州場所3日目、琴櫻(左)に勝った王鵬(2024年11月12日撮影)

九州場所3日目、琴櫻(左)に勝った王鵬(2024年11月12日撮影)

何より私の印象に強く残っているのは、9月の秋場所7日目以降の戦いぶりだ。

阿炎戦で相手の頭を右目付近で受け、どす黒く腫れ上がった。場所後の検査で眼窩底骨折が判明して、手術を受けた。それでも9月も11月も休場しなかった。弱音も吐かなかった。ここはぜひ、詳しく聞いておきたかった。

大嶽親方に連絡し、取材のアポを取った。

眼窩底骨折と手術

12月30日、2024年の稽古納めの日に、東京・江東区の大嶽部屋を訪れた。

大嶽部屋の朝稽古は、午前7時から始まる。四股、すり足などの基礎運動に約1時間半を費やす。午前8時半すぎから申し合い稽古。番付下位から始まり、途中から関取が加わる。最後に再度、基礎運動を行い、午前10時ごろに終える。

部屋によって異なるが、関取は途中から稽古場に下りてきたり、基礎運動は若い衆と一緒ではなく、マイペースで行うこともある。これは各部屋の師匠や関取の考えにもより、どちらがいいとか悪いとかの問題ではない。大嶽部屋は、関取でも最初から稽古場に下り、基礎的な動きも若い衆と同様にこなす。

自身の電光掲示板風キーホルダーを手にする王鵬

自身の電光掲示板風キーホルダーを手にする王鵬

稽古後、風呂に入る前、王鵬が取材のための時間を取ってくれた。

―2025年はどういう年にしたいですか

しっかり今年というか、去年になるんですかね(記事を)出す時は…、積み上げてきたものが、まだ足りないならば積み上げなきゃいけないし、そろそろ爆発しないといけないなと思ってます、はい。

―すり足など、関取も若い衆と一緒に全部やるんですね

そうですね。それは師匠の教えで、もう一緒に(稽古場に)下りてきて、一緒にやれっていうことで、毎日1時間半くらいやっています。

―そこは関取も大事だと思ってやってるということですか

中学、高校からそれで強くなってきたけど、それをやんなくなったらもう終わりだなと思ってるんで。

―2024年を振り返ると、自己最高位が少しずつ上がりました。いいことも苦しいこともありました

やっぱ自分の中ではもっとできたという気持ちはあります。結果をみたら、最後は負け越していますけど、しっかり番付上げてきて、地力も上がって、勝てなかった相手にも勝てるようになってきてるんで、自分だけを見たら着実に力ついてきてるのかなとは思ってます。

初金星を挙げ、支度部屋で笑顔を見せる王鵬(2024年3月14日撮影)

初金星を挙げ、支度部屋で笑顔を見せる王鵬(2024年3月14日撮影)

―一番印象的な場面はどういうところですか

三役戦、大関、横綱戦が組まれるようになって、しっかり勝てるようになってきたんで。たまたま調子いいから勝ってるとかじゃなく、しっかり毎場所当たる位置に定着できて、しっかり勝ててると思っています。やっと僕が子供のころに見てた時間帯なんで。

―9月の秋場所で眼窩底骨折がありました。11月の九州場所は恐怖感はなかったんですか

気持ち的にはなかったんですけど、1回当たるとひるんでしまうところがあって…。前半戦なんですが、1回頭で当たると、引いてしまったり、動きが止まっちゃったりしてたんで、普段自分の感覚ではないんですけど、体はビビってるなって感覚はありました。

―それは、そういうもんですよね

後半は全然もう、それを気持ちでしっかり抑えられました。

―今、見え方は影響ないですか

元々右目だけ、ちょっと横を向く癖があるんで。元々こっち(右目)をよくぶつけてて、こっちだけ目が悪いんですよ。

―骨折によるものでなく、視力の問題ですね

見え方はあんまり変わんないですね。でもまだちょっと腫れてるらしいんで。半年ぐらい腫れるとは(医師に)言われてます。

右目は今も腫れが残っている

右目は今も腫れが残っている

―まだちょっと跡になってますか

あんまり分かんないですけど、ちょっとだけこっち腫れてるんですよね。

―でも秋場所の途中で休まなかったのはなんでですか

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スポーツ

佐々木一郎Ichiro Sasaki

Chiba

1996年入社。2023年11月から、日刊スポーツ・プレミアムの3代目編集長。これまでオリンピック、サッカー、大相撲などの取材を担当してきました。 X(旧ツイッター)のアカウント@ichiro_SUMOで、大相撲情報を発信中。著書に「稽古場物語」「関取になれなかった男たち」(いずれもベースボール・マガジン社)があります。