イチロー氏の大リーグ挑戦が決まったばかりの00年11月。私の妻が35歳の若さで急死しました。3番目の女児を出産した後。7歳の長女、4歳の次女と3人の娘を残した旅立ちでした。
当時、こちらは広島カープ担当。通夜、告別式は親族、知人の多い大阪で行いました。親族以外いなくなった通夜会場にイチロー氏が姿を見せ、何も言わずにこちらを見ています。
「大リーガーが来てくれたんや。ヨメさんの顔を見ていって」。なんとかそう言うこちらに「そうですか」とお棺の窓を開け、じっと見つめていました。
それから約1カ月後。広島支社のデスクに座っていたとき。携帯電話が鳴りました。イチロー氏からです。向こうから電話をかけてきたのは記憶では過去に一度だけでした。
「先日はありがとう。どうした?」。そう言うと電話の向こうで「いや、元気ないだろうなと思って…」などと語り始めたのです。10歳年下ですが大スター。そんな男がこちらの心情に配慮しながら「運命というのはあると思うんです」などと話し始めます。
その通りと思いつつ、いつもの調子で憎まれ口をたたいてしまいました。「運命か。そうやな。イチローも大リーグで失敗するかもしれんしな」。すると彼はこう返してきました。
「そうですよ。そのときは日本でやり直します」。その言葉に並々ならぬ覚悟を感じました。熱い血が通っている、と感じた瞬間でもありました。その熱さがあっての偉業なのです。
イチロー氏を完璧と思ったことはありません。口論したことも。人によって受け入れにくい面もあるでしょう。しかし一般人であれ、スターであれ、完璧な人などいない。もっと言えば球界の人たちはクセが強いのです。
元オリックスの星野伸之氏は笑って、こう話したこともあります。「イチローを変わってると言う人もいるかもしれないけど、普通の人があんなことできるはずないですよ」。大きく、うなずいたもの。人の見方はさまざまでしょうが同じ時代に生き、日本側だけですが殿堂入り投票にその名を書けたことはよかった、そう思っています。【編集委員・高原寿夫】
【イチロー氏、殿堂入りおめでとう】――>>王貞治氏、松井秀喜氏、ジーター氏ら「唯一無二の存在」/イチロー殿堂入り祝福の声まとめ